移動図書館史研究ノート 1950年代前半における予備的考察
石川 敬史1 課題と方法
1.1 移動図書館史の研究視角
戦後、日本において移動図書館は「一点豪華主義的」(図書館情報学ハンドブック編集委員会編,1999,p.718)に取り組まれた活動の一つであった。1950年代移動図書館の持つ特徴として、図書館を公開と貸出という体制に切り替え、本を民衆の荒れ果てた生活の場に持ち込んだという点があげられる。加えて、移動図書館はその機動性・PR性及び限定された資料・乗員・車等によるサービスの限界という特異性を持っていた。
移動図書館がこのような特徴をもつなかで、日本の移動図書館史を考察するにあたり、現在のところさしあたり以下の2点の視点が重要であると考えた。
第一に、移動図書館史研究は十分吟味された研究が乏しく、論ぜられても現代的状況や現代的認識の上からとらえる傾向にあるため、歴史的事実を踏まえた上で、当時の時代背景からの吟味が必要であることである。
移動図書館が上記のような特徴を持つ中で、移動図書館が1950年代はじめに図書館界に与えた影響は大きかった。一方、本を「自動車」で運び、後述するような映画会なども行うということで、民衆に与えた影響も大きかった。そのような中、当時その限界に対する指摘(佐藤,1953:K生,1954:中村,1954)は一部にとどまり、以後都道府県主体によるその活動が1960年代後半まで停滞した。その後、市町村立移動図書館が台頭する中で、1970年代前半において、県立による移動図書館は批判的に論ぜられた(源,1970:森,1972:にしだ,1972)。
このように、都道府県の移動図書館は、図書館界に与えた影響や民衆に与えた影響が大きかったにも関わらず、また、その後活動が停滞したにも関わらず十分に分析されていないといえる。よって、まずその事実と時代背景を明らかにすることが必要であると考える。
第二に、移動図書館は戦後日本において新たに導入されたサービス方法であり、加えてアメリカの影響が大きいことである。これも後述するが、千葉県の移動図書館活動やアメリカ占領下・沖縄における琉米文化会館のひとつである移動文化会館の活動に関して、それぞれの具体的な活動内容は異なるものの、近代的な機能を有し「民主々義国家のよき防衛になる」(千葉県立中央図書館編,1970,p.46)という点で、両者が広い意味でも狭い意味でも機能的に重なる面があるのではないかということである(1)。その意味で、移動図書館史をみることによりアメリカ占領期政策の片隅をうかがうことができ、また、沖縄の図書館史をみる上でのひとつの材料になるかもしれない(2)。
その意味で、移動図書館の展開は、戦後日本における公立図書館サービスの歴史的特質を解明する際、重要な位置と意義を有していると言えよう(3)。
1.2 目的と方法
本稿の目的は、1950年代における移動図書館の機能・活動内容等の事実を明らかにし、移動図書館史研究の追求すべき課題を明らかにすることである。1950年代に対象を限定するのは、その時期に日本において移動図書館の巡回開始が多く見られた時期であり、その移入過程を考える場合、移動図書館を考察するにあたり中心的位置を有していると考えられるからである。
そこで本稿では、不本意ではあるが二次資料を中心として、地域を限定せず網羅的に1950年代における移動図書館の機能・役割を分析する。その理由は、第一に筆者は本稿を移動図書館史研究における一つの準備として位置づけているため、第二に、当時の移動図書館活動全体の一般的傾向を把握するためである。このように、本稿では様々な文献(二次資料)における移動図書館史の記述を整理するという目的から、1950年代以降の移動図書館台数や当時の農村の生活状況及び社会状況は扱わないこととした。
なお、本稿で用いる「移動図書館」(4)とは、様々な手段の中から自動車によるものに限定した(5)。それは、この当時の移動図書館の基本的スタイルとは、「既製の四輪車を土台にして書架装備、拡声装置を施した車体を持つという基本的なスタイル、及び駐車場を1時間内外の駐車時間で巡回し、図書の貸出を主要業務とする」(鈴木,石井,1967,p.31)ものであったからである。
2 移動図書館巡回開始時期の分析
日本において、移動図書館の巡回が開始されたのは千葉県であり、「移動図書館ブームの先駆けを作った」(図書館情報学ハンドブック編集委員会編,1999,p.718)ことは一般的によく知られている(日本図書館協会編,1990,p.77)。そして、一般的に都道府県立図書館から市町村立図書館へとその主体が移ること(日本図書館協会編,1990,p.78)や、各都道府県における移動図書館の市町村保有台数や貸出冊数がよく紹介される(坪野,1998;森下,1998)。しかしながら、各都道府県の移動図書館が、歴史的にどの時期に巡回を開始したのかはあまり良く知られていなく、一部の紹介にとどまっている(にしだ,1972:石塚,1974)。
そこで本章における目的は、(1)日本における移動図書館の巡回開始時期の分布を明確にし、(2)巡回開始時期の地域分布を明確にすることである。なぜなら、(1)「移動図書館ブーム」の時期を客観的に特定することができ、(2)各地域における移動図書館開始に関する特徴も見いだせるからである。
2.1 巡回開始時期の分析
先述したように、一般的に千葉県が移動図書館の先駆けとなったことは知られている。しかし、「日本におけるブック・モビル第1号は高知県立といえよう。しかし、翌24年(1949年−著者注)に千葉県立が発足させた『ひかり』号の出現が、その後のブック・モビルに与えた影響、イメージの定着という意味で、日本のブック・モビル第1号と考えることもできる」(鈴木・石井,1967,pp.31-32)とある通り、千葉県よりも以前に移動図書館が巡回されたことは、この記述から明らかである。加えて、移動図書館の機能により、巡回開始時期が左右される点も明らかである。
つまりこのことは、移動図書館の巡回開始時期は、その本来のスタイル(6)に合致するか否において開始時期が判断されることを示している。
よって本節では、移動図書館のスタイルを無視し、移動図書館が巡回を開始した点のみに注目しデーターを整理した。その理由は、巡回開始時期という事実のみを明らかにすることにより、戦後における「移動図書館ブーム」の客観的な分析を行うためである。
以上のような分析を行うため、2点の資料(日本図書館協会編,1992:埼玉県移動図書館運営協議会編,1980)より、各都道府県の巡回開始年月を抜き出し、年代順にまとめた(7)。
表1 移動図書館巡回開始時期
開始年月 都道府県名
1945-1949年 高知県(1948.07)、千葉県(1949.09) 1950-1954年 茨城県(1950.04)、徳島県(1950.07)、栃木県(1950.08)、埼玉県(1950.09)
岐阜県(1951.04)、愛知県(1951.06)、兵庫県(1951.08)、大阪府(1951.10)、群馬県(1951.12)
岡山県(1952.01)、福井県(1952.05)、北海道(1952.08)、青森県(1952.10)、福岡県(1952)
鳥取県(1953.06)、東京都(1953.07)、和歌山県(1953.09)、山梨県(1953.10)、秋田県(1953.10)
宮崎県(1954.04)、福島県(1954.07)、島根県(1954.11)、三重県(1954.12)、広島県(1954)1955-1959年 山口県(1955.03)、滋賀県(1956.08)、神奈川県(1958.09)、岩手県(1959.08) 1960-1964年 熊本県(1960.08)、長崎県(1960.11)、静岡県(1961.04)、山形県(1961.10)、新潟県(1962.06)、愛媛県(1962.12) 1965年- 京都府(1966)、宮城県(1969.07) 記載なし 長野県・香川県・沖縄県 その他 石川県:1950年か1964年
富山県:1950年
奈良県:1954年か1957年11月
佐賀県:1963年2月か1964年
大分県:1950年か1956年
鹿児島県:1949年か1954年
それを整理したものが表1であり、そこから以下のことがうかがえる。
まず第一に、日本において移動図書館は、戦後(1948年以降)に巡回が開始されたことである。戦前、山口県において巡回文庫が佐野友三郎により開始され、以後全国数カ所でその活動が開始された。これは、図書館の外へ向けて活動する意味では移動図書館と変わりはないが、「動く図書館」としての認識やその活動方式が基本的に異なっていたと言えよう。
一方で、「その後のブック・モビルに与えた影響、イメージの定着という意味で、日本のブック・モビル第1号」(鈴木,石井,1967,pp.31-32)である千葉県以前に、移動図書館が巡回された地域もあり、それは1948年7月に巡回を開始した高知県である。しかし、1949年頃は「各コースを2ヶ月に各1回宛まわって、巡回文庫(15-16冊から32-33冊)の配布交換・映画会・研究会・講習会を行っている」(高知県立図書館編,1981,p.78)というように、車は「巡回文庫輸送用の型」(高知県立図書館編,1981,p.78)であり、移動図書館本来のスタイルではなかったと考えることができる。
第二に、1950-1954年の巡回開始時期が最も多いことである。おそらくこれは、千葉県の移動図書館巡回開始(8)と図書館法の影響が大きいと考えることができる。
例えば群馬県の場合、1950年3月14日の県議会定例本会議において、ある議員が質問し、移動図書館が「戦後各地で実施され、・・・千葉では県民から大変歓迎されている」点や、図書館法に自動車文庫の記述がある旨の発言をし、移動図書館設置を促した(群馬県立図書館,1971,p.1)。また、栃木県の場合も、館長が司書へ千葉県の移動図書館調査を命じたという(栃木県立図書館編,1981,p.53)。
第三に、最も遅い地域は宮城県の1969年7月であり、早い地域と比較すると20年が経過していることがわかる。宮城県は、県立移動図書館の「曲がり角説」(日本図書館協会編,1992,p76)を踏まえた上で、配本車や限定した移動図書館活動を開始したという。なお、1970年代に都道府県立の移動図書館が批判される中で、比較的移動図書館開始が遅れた地域の分析は必要であると考える。
第四に、開始年が二通り記述されている都道府県があることである。その中で、例えば鹿児島県は、1949年3月にジープ型トラックを購入し自動車文庫の運営を開始したが、この自動車文庫は、「開設の当時、自動車文庫の取り替えを2ヶ月に1回行い、1箱40冊入りとして、20箱800冊を、県下各ブロックに配本した」(鹿児島県立図書館編,1990,p.79)とある通り、いわば県内の出張所(配本所)への配本車であった。その後、県は1955年6月に書架を積んだ「ひばり」号の巡回を開始した。しかし、この活動も、「1ヶ月のうち1週間ぐらい、県下75の図書館や公民館をまわって、本の入れ替えをおこなっている」(9)(鹿児島県立図書館篇,1990,p.116)というように、配本所等への配本と思われる。
一方、大分県は1950年6月移動図書館の巡回を開始したが、この方法は本を配本する形式であった。(全国移動図書館運営協議会編,1954,p.)。しかし、1956年12月「やまばと」号の巡回が開始され、以後県立図書館はようやく本来のスタイルでその活動を実施することとなる。
このように、同一地域で開始年の異なる記述は、移動図書館車を切り替えその機能が変化した場合などのように、移動図書館の活動内容に関係すると考えられる。
第五に、移動図書館巡回開始の記載がない地域(長野県・香川県・沖縄県)があることがわかる。それらの地域を簡単にみると、まず長野県は「PTA母親文庫事業がある程度これ(移動図書館−著者注)を代行する役割を果たしているためか、県立図書館に移動図書館を望む県民の声は、もりあがることなく今日にいたっている」(社会教育法施行三十周年記念誌編集委員会編,1982,p.556)とある通り、移動図書館は巡回されなかった。しかし、1964年秋に下伊那郡松川町で県内初の移動図書館の巡回が開始され、1971年に上田市立図書館、1972年に佐久市立図書館が相次いで移動図書館の巡回を開始した。
また、香川県は1948年11月3日より貸出文庫を設置し、以後配本所を配本車で巡回する形式となっている(香川県立図書館編,1985,pp.34-37)。
しかしながら、一方でアメリカ占領下の沖縄の場合は上記2県とは状況が非常に異なる。沖縄において、自動車による図書の貸出は、琉米文化会館の活動のひとつである移動文化会館活動(10)を1950年代後半頃から実施していた。また、琉米文化会館における図書館活動についての1967年運営計画の中に、自動車貸出文庫センターが計180(11)あるとしている。
このように、「移動文化会館(Mobile Unit)、自動車文庫(Mobile Library)、貸出文庫(Book Deposit)などが駆使され、・・・四つのブランチ的琉米親善センターを持ち、さらには地方や離島部への独自のプログラムを位置づけて、琉米文化会館を中心にした拡張(extension)ネットワークシステムを持っていた」(小林・平良,1988,pp.165-190)というように、本土には見られない活動が行われていたことは非常に興味深い(12)。
2.2 地域分布の分析
前節において、移動図書館巡回開始の時期ごとに各都道府県を並べ、その開始時期の一般的傾向を示した。本節では、地方ごとに都道府県を並べ(表2)、巡回開始時期の地域分布を明らかにすることを試みた。
表2 地域分布
地方名 都道府県名
北海道・東北地方 北海道(1952.08)、青森県(1952.10)、秋田県(1953.10)、岩手県(1959.08)、宮城県(1969.07)、山形県(1961.10)、福島県(1954.07) 関東地方 茨城県(1950.04)、栃木県(1950.08)、群馬県(1951.12)、埼玉県(1950.09)、千葉県(1949.09)、東京都(1953.07)、神奈川県(1958.09) 中部地方 長野県(記載無し)、山梨県(1953.10)、岐阜県(1951.04) 北陸地方 新潟県(1962.06)、富山県(1950.12)、石川県(1950/1964)、福井県(1952.05)、 東海地方 静岡県(1961.04)、愛知県(1951.06)、 近畿地方 三重県(1954.12)、滋賀県(1956.08)、京都府(1966)、大阪府(1951.10)、兵庫県(1951.08)、奈良県(1954/1957.11)、和歌山県(1953.09) 中国地方 鳥取県(1953.06)、島根県(1954.11)、岡山県(1952.01)、広島県(1954)、山口県(1955.03) 四国地方 徳島県(1950.07)、香川県(記述無し)、愛媛県(1962.12)、高知県(1948.07) 九州地方 福岡県(1952)、佐賀県(1963.2/1964)、長崎県(1960.11)、熊本県(1960.08)、大分県(1950.03/1956.12)、宮崎県(1954.04)、鹿児島県(1949/1954)、沖縄県(記述無し)
これによると、四国地方に代表されるように、各地方における開始時期はばらつきがあり、数字のみでは十分な分析はできないといえよう。しかしながら、大ざっぱに地域の傾向を把握することはなんとか可能である。
例えば、関東地方は1949-1951年の比較的早い時期に、中国地方は1950年代半ばに、九州地方は1950年代後半から1960年代にかけて巡回が開始されている。
その中でも、特に注目すべきことは、関東地方が比較的早期に移動図書館の巡回を開始したことである。これは、おそらく千葉県の影響が大きかったと考えられる。先述した群馬・栃木両県以外にも、埼玉県が車両の建造に関して「千葉県立中央図書館の経験に学ぶことであった」(埼玉県移動図書館運営協議会編,1970,p.27)とあるように千葉県の影響が大きいことがうかがえる(13)。
このように、移動図書館巡回開始時期を網羅的に提示し、その巡回開始時期及びその特徴を地域の事例をあげつつ明らかにした。一般的に1950年代にその活動が各地で開始されたことはすでに明らかになった。しかしながら、一方で巡回開始時期を明らかにする過程において、各地域の移動図書館の特徴やそのスタイルなどを明らかにしなければ、必然的に巡回開始時期の提示は困難であることも明らかにした。よって、その巡回開始時期のみの提示では十分に開始時期を分析したとは言い難く、その周辺領域の提示も行われなければならないであろう。
3 サービス方式の検討
移動図書館においてその機能・役割を最もよくあらわしているものは、そのサービス方法である。例えば、沖縄県名護市では17時以降の巡回を開始し、福井県永平寺町では18-21時の夜間巡回を開始したという。また、近年病院・老人ホーム・身体障害者施設・小中学校等への巡回が活発になっている(坪野,1998,p.254)。
このように現在、地域生活に密着した形で移動図書館が巡回されている傾向がうかがえるとともに、移動図書館の機能・役割もそのサービス方法よりうかがえよう。
そこで、本章において1950年代の移動図書館の機能・役割を考察する上での材料として、当時の移動図書館のサービス方法とその特徴を明らかにした。なお、本章におけるデーターは全て『全国移動図書館要覧』(全国移動図書館運営協議会,1954)より、該当個所を抜き出した。
3.1 貸出方式(14)の分析
現在、多くの移動図書館の貸出方式は、個人貸出の方式を採用している。そこで、移動図書館巡回開始当初において各都道府県がどのような方法を採用していたのかを明らかにしたのが表3である。
表3 貸出方式の分類
個人貸出 北海道・青森県・群馬県・埼玉県・千葉県・富山県・石川県・福井県・愛知県・大阪府・兵庫県・岡山県・大分県・宮崎県
団体貸出 秋田県・宮城県
その他 なし
それによると、全ての都道府県を調査したわけではないが、個人貸出の方法を採用する地域が多いことがわかる。一方で、団体貸出の地域もあり、それらはいずれも東北地方であった。また、個人貸出・団体貸出以外の方法については資料よりうかがうことはできなかった。しかし、徳島県の場合、1950年7月の巡回当初は「閲覧のみであり、貸出は同年8月より始められた貸出文庫という形態で行った」(徳島県立図書館編,1987,p.173)という。このように例外はあったものの、移動図書館巡回開始当初の貸出方法は、個人貸出が一般的に採用されていた(15)。
3.2 貸出制限と利用者
このように、移動図書館において個人貸出が行われていた中で、その貸出対象者をまとめたのが表4である。これによると、ほぼ全ての地域で一人一冊の制限があり、貸出対象者の制限は主に年齢・居住地にわけられることがわかる。
表4 貸出制限
都道府県 利用冊数 利用制限
北海道 1冊 満15歳以上の該当町村の定住者 岩手県 記載なし 秋田県 1団体30冊以内 群馬県 1冊 満16歳以上の県内在住者 埼玉県 1冊 県内に在住する 千葉県 1冊 16歳以上県内在住者 富山県 1冊 停留地町村の住民で16歳以上 福井県 1冊 停留所主任の許した者 山梨県 1冊 20歳以上 愛知県 2冊 原則として社会教育対象団体、一般人は貸与団体責任者の承認 大阪府 1冊 なし 兵庫県 1冊 なし 岡山県 1冊 一般成人を対象 大分県 記載なし 宮崎県 2冊 なし 青森県 1冊 学生生徒児童(但し分校は含まず)以外の一般人を対象
例えば年齢の場合、15歳以上(北海道)、16歳以上(群馬県・千葉県・富山県)、20歳以上(山梨県)などの制限があり、小中学生は利用できないことになる。一方、居住地の制限は、県内在住者(群馬県・埼玉県・千葉県)、該当町村の者(北海道・富山県)などあることがわかる。また、停留所主任の許可(福井県)、責任者の承認(愛知県)などのように許可制の地域もある。しかしながら、貸出対象者の制限のない地域もあった(大阪府・兵庫県・宮崎県)。
以上のように、貸出対象者の制限が地域により異なる傾向がうかがえる。だが、上記の調査ではその制限のみの提示であり、実際の利用者層がみえてこない。そこで、以下において年齢制限・居住地制限のある群馬県(群馬県立図書館編,1971,p.14)、居住地制限のみある埼玉県(埼玉県立図書館,1954,p.31)、利用制限が特にない大阪府(大坂府立夕陽丘図書館編,1991,p.5)の年齢別・職業別利用者層を他の資料より提示(表5および6)し、その特徴を明らかにした。
表5.1 群馬県・年齢別利用者数(1952年5月25日現在)
10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 合計
第一回 646 2,142 658 413 173 24 4 4,065 第二回 1,095 2,034 537 348 136 40 0 4,190 第三回 1,112 2,087 528 367 162 37 2 4,297 第四回 1,174 2,143 553 384 170 36 0 4,460 第五回 1,236 2,094 588 431 177 32 0 4,588 合計 5,263 10,500 2,864 1,950 818 169 6 21,570
表5.2 埼玉県・年齢別利用者数(1954年3月現在)
年齢 15-20 21-25 26-30 31-40 41-50 51- 合計
男 4,914 5,200 2,457 1,493 1,535 1,842 17,461 女 5,528 4,629 1,228 920 613 956 13,874
表5.3 大阪府・年齢別利用者数(1951年度)
年齢 7-12 13-15 16-19 20-24 25-29 30-39 40-49 50以上 合計
閲覧者数 3 33 225 1,028 813 729 761 416 4,008
表6.1 群馬県・職業別利用者数(1952年5月25日現在)
農業 官公吏 教員 商業 工業 自由業 学生 その他 合計
第一回 1,782 940 733 283 80 21 55 171 4,065 第二回 1,848 1,119 612 142 49 10 99 311 4,190 第三回 1,809 1,256 510 217 56 75 101 273 4,297 第四回 1,783 1,359 440 209 85 83 128 373 4,460 第五回 1,859 1,438 478 238 90 55 99 301 4,558 合計 9,081 6,112 2,773 1,089 360 244 482 1,429 21,570
表6.2 埼玉県・職業別利用者数(1954年3月現在)
農業 教員 公務員 商工業 学生 会社員 無職 その他 合計
男 10,476 1,921 2,270 349 1,572 241 279 353 17,461 女 6,942 2,081 1,803 16 1,663 48 1,248 71 13,874
表6.3 大阪府・職業別利用者数(1952年度)
生徒 教員 官公吏 実業 雑業 務業 合計
人数 401 4,020 8,511 1,548 408 936 15,896
これによると、利用者の年齢は20歳代が最も多い結果となった。詳細にみると、年齢制限のない大阪府は7-12歳が3人、13-15歳が33人と利用者全体からみると非常に少ないことがうかがえる。しかしながら、20-24歳が最も多く、次いで25-49歳の利用があることがわかる。
また、同様に年齢制限のない埼玉県の場合、15歳以下の記録がなく不明であるが、15-25歳の利用が圧倒的に多いことがわかる。
一方、年齢制限のある群馬県の場合、20歳代の利用が最も多く全体の約50lを占めているのがわかる。次いで10歳代であり40歳代以降の利用は少ないことがうかがえる。
このように、本稿で提示した資料をみる限りでは、移動図書館利用の年齢制限に関わらず、その利用者の年齢傾向はほぼ同じであったといえよう。つまり、この当時において移動図書館の主たる利用者の年齢は、20歳代であることがわかる。
男女別では、埼玉県において全体的に男性の利用が高いことがわかる。また、大阪府も「ほとんどが男性利用者であった」(大坂府立夕陽丘図書館編,1991,p.5)とあり、群馬県も「男性が59l、女性が41lの利用」(群馬県立図書館編,1971,p.14)とあるとおり、男性の利用が多かったことがわかる。
次に、利用者の職業であるが、大阪府は官公吏と教員が全体の約8割を占めており、次いで実業(16)が続いている。しかしながら、埼玉県は農業が圧倒的に多く次いで公務員、教員の順あった。また、学生の利用も少々あり、主婦層であると考えられる無職の女性もうかがえる。一方、群馬県の場合、埼玉県と同様に農業が約半数を占め、次いで官公吏、教員と続く。
このように、移動図書館利用者の職業は、一般的に農業・公務員・教員であることがわかる。しかし、その厳密なる割合はそれぞれの地域により異なるといえよう。いいかえれば、各地域の社会状況や生活状況を把握しなければ、利用者の分析はできないといえる。
以上のことから、移動図書館の利用は、一部の地域において年齢的地理的制限があったものの、その制限はとりわけ大きな影響を与えず、一定の層の利用が定着していたといえる。つまり、10歳代後半から25歳の青年で職業は農業・公務員・教員の者が、1950年代移動図書館を利用していたのである。
3.3 巡回方式
移動図書館は指定されたエリアを巡回するにあたり、特定の駐車場を持ち、決まった周期で各駐車場を巡回している。現在、その指定されたエリアとは市町村立の移動図書館が主流ということもあり、もっぱらその市町村内に限定されている。一方1950年代の移動図書館は、都道府県主体が主流であり、そのエリアも当然ながら都道府県内という非常に広いものであった。
したがって、広いエリアを数台の移動図書館で巡回することは、当然密度の薄いサービスであると予想できる。しかし、移動図書館が「いつどこへ」やってくるということは、移動図書館を利用する者にとって最も密接な点であり、その当時のサービス状況を把握する上で、その点を明らかにすることは欠かせないことである。よって、以下において都道府県別に巡回周期や駐車場位置などを提示し(表7・8)移動図書館巡回上の特徴を明らかにした。
表7によると、第一に移動図書館駐車場は都道府県下全市町村へ巡回されていないことがわかる。例えば、千葉県・福井県・宮崎県・青森県はその割合が90パーセント近いものの、北海道・秋田県・岡山県は20パーセント前後、埼玉県・兵庫県は50パーセント以下である。
表7 巡回町村と周期
都道府県 市町村数 巡回市町村数 パーセント 周期(日) 移動図書館台数
北海道 278 56 20,1 28 1 岩手県 記載なし 秋田県 219 60 27 記載なし 1 群馬県 196 159 81 35 2 埼玉県 323 132 40 28 2 千葉県 272 256 94,1 28 3 富山県 133 99 74,4 一ヶ月 3 福井県 151 125 83 二ヶ月 1 山梨県 192 121 63,2 45 1 愛知県 217 112 51,6 60 2 大阪府 151 139 72 21 1 兵庫県 823 156 48,3 40 3 岡山県 264 70 27 28 1 大分県 記載なし 宮崎県 79 77 97 60 1 青森県 160 153 95 50 1
表8 駐車場数と位置
都道府県 役場 図書館 公民館 小学校 中学校 農協 その他 合計
北海道 38 0 5 16 10 2 15 86 岩手県 記載なし 秋田県 39 0 7 5 5 3 1 60 群馬県 126 0 9 2 6 8 8 159 埼玉県 79 0 7 26 19 12 143 千葉県 125 0 22 32 15 48 63 305 富山県 32 0 5 40 3 9 13 99 福井県 43 0 19 21 6 15 1 105 山梨県 34 0 1 17 12 15 36 115 愛知県 34 1 13 18 22 8 11 107 大阪府 39 1 1 1 1 0 2 45 兵庫県 80 0 40 25 10 10 35 200 岡山県 40 2 15 7 0 3 3 70 大分県 記載なし 宮崎県 38 0 36 1 1 0 1 77 青森県 54 1 26 25 7 15 33 161
第二に、巡回周期が非常に長いことがわかる。周期が長いところは、福井県が2ヶ月(17)、愛知県・宮崎県が60日、青森県50日(18)であり、短いところでも大阪府21日、北海道・埼玉県・千葉県・岡山県が28日であった。
このように、地域によりそれらの差が大きいと言える。それは、その地域の市町村数・移動図書館台数・都道府県及び市町村の面積・駐車場数などが巡回市町村数や周期に影響を与えていると考えられるため、各地域を簡単に比較できないといえる。しかしながら、このような長い周期を考慮すると、そのサービスは密度の薄いものであったといわざるをえない。
一方、表8より駐車場位置をみると、どの地域をみても役場が多いことがわかる。次いで、地域によりばらつきがあるものの小中学校が多い。そのような中、千葉県は農協、兵庫県は公民館(19)、富山県は小学校が多く、他の地域と比較すると特徴的である。
また、駐車場数をみると、その数は巡回町村数とほぼ同じ値であることがわかる。例えば、秋田県の駐車場数・巡回市町村数は60の同数であり、群馬県も159、富山県99、岡山県70、宮崎県77といずれの地域も同数であった。同数でない場合も、埼玉県は駐車場数143、巡回市町村数132、以下同様に山梨県115、121、愛知県107、112などのように両者の数に大きな開きがないことがわかる。つまり、1市町村1駐車場の場合が多いことを示しており、ここからも密度の薄いサービスであることがうかがえる。
以上のように、一部の資料ではあるが、このような移動図書館の巡回方式より移動図書館の限界をうかがい知ることができよう。
3.4 文化的サービス
当時の移動図書館は、資料提供の他に文化的なサービスも行われていた。これを地域別に示したのが表9であり、各地で映画会等が行われていたことがわかる。
これによると、移動図書館は本の貸出以外にも、映画会やレコードコンサート・幻灯会・座談会・演芸会など、様々な行事が実施されていることがわかる。
表9 文化的行事
都道府県 文化的行事とその参加人数
北海道 映画会(16回:3,610人) 岩手県 映画会(10回:1,608人)・史学の夕・科学の夕・写真の夕・レコードコンサート 秋田県 記載なし 群馬県 映画会(平均月12回)・2日レコードコンサート 埼玉県 映画会・レコードコンサート・紙芝居・お話し会・座談会・読書会等 千葉県 映画会(153回:85,000人)・座談会(11回:350人)・演芸会(314回:126,000人) 富山県 記載なし 福井県 映画会(47回:1,300人)・幻灯会(7回:1,800人)・討論会(7回:500人)・スケアダンス(5回:2,000人)・読書会(12回:160人) 山梨県 映画会(10回:約10.000人) 愛知県 映画会(宿泊会場に於いて夜間映画会を開催)・座談会(宿泊会場に於いて随時行う)・紙芝居(各会場に於いて移動図書館開設中適宣に行う) 大阪府 希望に応じて開催する。 兵庫県 映画会(259回)・読書会(76回)・講習会(20回)・研究会(8回)・座談会(80回)・討論会(5回)・実地指導(15回) 参加者延べ214,614名 岡山県 記載なし 大分県 記載なし 宮崎県 映画会・レコードコンサート(9,350名) 青森県 映写会(34回:13,290人)・総合集会活動(4回:460人)・レコードコンサート(3回:180人)・講演会(7回:910人)・その他(12回:630人)
その中でも特に、映画会がほぼ全ての地域におい実施されており、その回数や参加人数などばらつきがある。例えば、千葉県は153回85,000人であるが、北海道は16回3,610人(20)、岩手県が10回1,608人、山梨県が10回約10,000人、福井県が47回1,300人などのように、実施回数及び参加人数の関係も地域により異なることがわかる。
この映画会は、「宿泊会場に於いて夜間映画会を開催」(愛知県)とあるとおり夜間に行われた。例えば群馬県の場合、「宿泊地でほとんど夜の行事(PRと親しみと娯楽提供のため映画会、読書会、レコード・コンサート)が予定されていた。一番喜ばれたのは映画会で・・・誰一人帰る者はなく熱心に見ていた」(群馬県立図書館編,1971,p.15)とある。また、埼玉県の場合も「宿泊地の村では校庭で持参した映写機とフィルムによる映画会が行われた。農家の人々が田畑から家に帰り入浴し夕飯を終わって校庭に集まってくる。その間、乗員は村の人々の協力で丸太を組みスクリーンを張り、車は村中に映画会を呼びかけて廻った」(埼玉県移動図書館運営協議会編,1970,p.30)というように夜間に行われた。また、このような映画会は当時の民衆に歓迎されたこともうかがえよう。
なお、このように(ナトコ映写機による)映画会が行われた理由として、アメリカ占領軍の影響があったと考えられる。それは、千葉県において「ひかり号の巡回目的の一つは、アメリカ占領軍千葉民事部の情報宣伝活動」(千葉県立中央図書館編,1970,pp.49-50)とされ、アメリカ軍政関係者らは、移動図書館の開設祝賀会において「日本最初の移動図書館が文化を運び民主々義の伏兵として本県(千葉県−筆者注)に登場したことを異口同音に賞賛」(千葉県立中央図書館編,1970,p.44)したという(21)。上映した映画は、例えば群馬県ではCIE貸与のナトコ映写機で「1)エスキモー、2)公衆衛生、3)農村の生活改善、4)雨だれ坊やの冒険、5)アメリカの国立図書館」(群馬県立図書館編,1971,p.15)が上映され、埼玉県においても、「連合軍貸与映画(CIEフィルム)、グロスターの人々(三巻)・スキャップCIE図書館(二巻)、劇映画“静かなる決闘”(大映作品9巻)」(埼玉県移動図書館運営協議会編,1970,p.30)が上映された。しかし、千葉県の場合、「日米講話条約発効後はアメリカ宣伝臭のない日本映画なども上映され、季節的には大規模な慰安映画祭も挙行」(千葉県立中央図書館編,1970,p.50)されたという。
このように、戦後日本における移動図書館巡回は「民主々義のよき防衛になるであろう」(千葉県立中央図書館編,1970,p.46)(22)というように、アメリカ占領軍の影響があるといえるのではないか。
3.5 移動図書館サービスの特徴
以上のように、本章では特定の資料により、1950年代における移動図書館のサービス方法について若干ではあるが明らかにしたつもりである。
それは第一に、個人貸出を採用するところが多かったことである。本稿に用いた資料によると、団体での貸出は一部の地域にとどまっていた。
第二に、移動図書館の利用に関して年齢や地理的な制限があったことである。しかしながら、一般的にそれらは利用に大きな影響を与えたとは言い難く、その利用者層は25歳までの青年で農業・公務員・教員である者が多かった。
第三に、移動図書館の活動が密度の薄いサービスであったことである。これは、都道府県内というような広いエリアであったことに原因がある。またそれに伴い、移動図書館の巡回周期が比較的長く、加えて1市町村1駐車場であったというサービス巡回方式にも原因があろう。
第四に、図書の貸出以外の活動も実施されていたことである。例えば、映画会はほぼすべての都道府県で行われ利用者から歓迎された。一方で、アメリカ占領軍の影響も多少ながら垣間見ることができた。
このように、1950年代の移動図書館活動方式は現代と比較するといささか異なることは明確である。しかしながら、この当時の移動図書館活動はエリアの面などで限界が多少見受けられたものの、自動車や映画といった近代的機能を移動図書館が持っていたことにむしろ注目されたことは否定できないであろう。
4 呼称の分析
現在の市町村立図書館主体の移動図書館には、一般的に「ひまわり」「あおぞら」「みどり」などのような呼称(愛称)が付与されている(山重,1995,p.4)(23)。
一方、1950年代初頭における巡回開始当初の移動図書館にも特定の呼称が付与されていた。本章における目的は、(1)それらの呼称の一般的傾向を明らかにすること、(2)呼称の選定法を明確にすることである。その理由は、移動図書館車の呼称が、(1)民衆の移動図書館に対するイメージを表現しているため、(2)その移動図書館の役割の一部を表現していると考えられるからである。そこで、以下においてその呼称を紹介する。
4.1 呼称の分類
本節において、移動図書館車の呼称を分類するにあたり、(1)巡回当初どのような呼称が一般的であったのかを明確し、(2)呼称の特徴を明らかにする。
そこで、主として3点の資料(全国移動図書館運営協議会編,1954,pp.91-101:大岩好昭ほか編,1956,pp.98-101:日本図書館協会編,1992)を用い、さらにそれを補足する形として2点の資料(鹿児島県立図書館編,1990,p.115:高知県立図書館編,1981,p.78)により、各都道府県の移動図書館車の呼称を、移動図書館の呼称に関する記述及び年表より抜き出し、それらの呼称をそれぞれ意味別に分類し分析を行った(表10)。なお、上記資料に呼称が掲載されていなかった都道府県は、新潟県、長野県、京都府、奈良県、香川県、福岡県であった。
表10 呼称の分類
(1)鳥に関するもの はと号(青森県) こまどり号(岩手県) ひばり号(岐阜県) 白鳥号(愛知県) 第一文鳥号(兵庫県) やまばと号(大分県)
(2)地域に関するもの あづま号(福島県) ときわ号(茨城県) むさしの号(埼玉県) さがみの号(神奈川県) きび号(岡山県) はくと号(鳥取県) しまね号(島根県) いよじ号(愛媛県)
(3)色に関するもの むらさき号(東京都) あかね号(福井県) みどり号(山梨県)
(4)空に関するもの あけぼの号(北海道) おりおん号(秋田県) あけぼの号(栃木県) すばる号(鹿児島県)
(5)山に関するもの やまなみ号(山形県) みやま号(群馬県) みね号(山口県) やまびこ号(宮崎県)
(6)昆虫・植物に関するもの あおい号(静岡県) ほたるび号(滋賀県) たちばな号(和歌山県)
(7)直接名称 自動車文庫(大阪府) 文化バス(徳島県) ブックバス(高知県) 図書館バス(長崎県)
(8)その他 こかげ号(宮城県) ひかる号(千葉県) みずほ号(富山県) ともしび号(石川県) ともしび号(三重県) みのり号(広島県) ともしび号(佐賀県) いずみ号(熊本県)
表10をみるとわかる通り、呼称の分類は(1)鳥に関するもの、(2)地域に関するもの、(3)色に関するもの、(4)空に関するもの、(5)山に関するもの、(6)昆虫・植物に関するもの、(7)直接名称が付与されているもの、(8)その他の8項目に分類することができた。
そして最も多い項目が、(2)地域に関するもの、(8)その他、のそれぞれ8都道府県となった。また、呼称の文字に関しては、ほぼ全てがひらがなで表現されており、その意味は、鳥・山・地域などの分類項目からわかる通り地域や自然に関係する用語が使用されていることがうかがえる。
そのような傾向の中で、複数の都道府県により付与されている呼称があり、それは、「ともしび」(石川県・三重県・佐賀県)や「あけぼの」(北海道・栃木県)である。一方で、「自動車文庫」(大阪府)や「文化バス」(徳島県)のように、特定の呼称を付与せず直接名称の地域が4カ所あり、いづれも西日本方面であった。
このように、これらの全体的傾向をみると、移動図書館の呼称は機能及び使命を明確には表現しないものの、そのイメージを端的に表現していることがわかる。例えば、「ともしび」(石川県ほか)や「いずみ」(熊本県)、「ほたるび」(滋賀県)、「やまびこ」(宮崎県)などからは、移動図書館が農山村へ巡回し、その文化的使命を表現していると言える。
4.2 呼称の選定法
前節において、呼称の一般的傾向を提示したが、本節において、それらの呼称がどのように付与されているのかの傾向を明らかにするとともに、その呼称名が選定された理由も併せて明らかにした。そのために、二次資料より移動図書館の呼称が付与された過程の記述を以下に整理した。
なお、呼称の選定法を明らかにする都道府県として、移動図書館史及び各都道府県図書館史が、資料としてまとまっており、かつ比較的容易に入手できる地域に限定した。よって、全ての都道府県を調査したものではなく、以下に詳しく示すとおり10府県を調査の対象にした。
1)愛知県の場合これまでの呼称は「白鳥号」であったが、新しい車の購入が契機となり、1953年11月移動図書館車名の懸賞公募を行った。そして、応募者34名の中から渥美郡田原町在住の鳥居旦治氏の「いずみ」号が採用された。「心の指針を求め、知識の宝庫としてコンコンと湧き出る泉の如く、文化的恩恵をもたらして走る移動図書館車に相応しい名前」ということで、以後「いずみ号の図書、いずみ号が来る」と親しまれるようになった(愛知県教育委員会文化財課,1991,p.16)
2)山梨県の場合1953年7月、県教育委員会は自動車文庫の意義を広く県民に知ってもらうため、県下に車名を募集した。同年8月28日に応募数57編の中から、永遠の若さをうたい清純な感覚をもつ「みどり号」と決定された。その他には、「やまなみ」「やまびこ」「若富士」などもあった(山梨県立図書館編,1982,pp.1-2)。
3)千葉県の場合自動車の名前を県民に呼びかけて懸賞応募する案が決められ、1949年8月1日、応募点数161点から一等「ひかり」山賀藤吉、二等「訪問文庫」深堀正辰、三等「あかつき」浜野虎雄が入選した。この一・二等を重ね、訪問図書館「ひかり」号とし、県民にとってまことに親しみやすい適切な名称が付けられた(千葉県立中央図書館編,1971,pp.40-41)。
4)群馬県の場合県移動図書館のシンボルとして、県民に愛され、親しみやすい車名を全県下から募集し、応募数10,780点の多数に及んだ中から、県立図書館建設委員が審査し「みやま」と決定した。当選者264名から抽選で6名の受賞が決まった(群馬県立図書館編,1971,pp.6-7)。
5)埼玉県の場合県民に親しみやすい愛称が欲しかったので、新聞紙上に募集の呼びかけを行った。その結果、県教育長・埼玉大学学長・館長・民間代表者により、933通のハガキの中から「むさしの」が当選した。佳作は「むらさき」、入選は「あけぼの」であった(埼玉県移動図書館運営協議会編,1970,p.28)(24)。
6)佐賀県の場合自動車文庫の愛称を公募し、池田知事により昭和37年8月10日「ともしび」号と命名された(佐賀県立図書館編,1973,p.66)。
7)大阪府の場合選定法の記述なし(大阪府夕陽丘図書館編,1991)。
8)長崎県の場合選定法の記述なし(県立長崎図書館編,1982)。
9)福島県の場合選定法の記述なし(福島県立図書館編,1980)。
10)富山県の場合選定法の記述なし(富山県図書館協会編,1961)。
以上の記述から、全体的に呼称は全て公募であることがわかる。その一方で、選定法の記述がない府県もあり、それは大阪府・長崎県・福島県・富山県であった。
公募の場合、それらの応募数は地域によってばらつきがあるものの非常に少なく、愛知県34名、山梨県57編、千葉県161点、群馬県10,780点、埼玉県933通であった。
また、その選考の際の基準として「親しみやすさ」(千葉県・群馬県)、「文化的恩恵をもたらす」(愛知県)、「清純な感覚」(山梨県)などの観点があることがうかがえる。そして、その選考は知事や図書館関係者らによって選考される場合(愛知県・山梨県・群馬県・埼玉県・佐賀県)が多く、一方で応募の多い名称を選定する場合(千葉県)もあった。
そのような中で、先の選考から漏れた呼称も移動図書館のイメージを端的に表現しており興味深い。例えば、「若富士」(山梨県)、「旋風」「閃光」「教養」「真理」(埼玉県)などの呼称は、民衆により移動図書館が文化の象徴としてとらえられた傾向がある。
4.3 呼称の一般的特徴
以上の分析より、呼称の一般的特徴及び呼称の一般的選定法は以下のように明らかになった。
一般的に呼称は、地域により直接的名称があるものの、ほぼすべての呼称がひらがなであった。そして、それらの呼称は、地域や自然に関わる用語が多く、同名の呼称が付与されている地域も数カ所あった。その中で、移動図書館の文化的使命を端的にうかがわせる呼称が多く、民衆の持つ移動図書館に対するイメージも呼称からうかがえよう。
このような呼称の一般的選定方法としては主に公募であり、その応募数は地域によりばらつきがあった。また、呼称名の決定は一般的に、知事や図書館関係者が親しみやすいなどの一つの基準を用いて選定された。
このように、移動図書館の呼称は公募により親しみやすさなどの観点で図書館関係者らによって選定され、その名称はひらがなで地域や自然に関する用語である場合が最も一般的であった。
5 移動図書館車の分析
このように、前章まで主に移動図書館のソフト面を紹介してきた。なお、移動図書館のソフト面の紹介に関して、その歴史に関する十分な分析はないものの、現在の紹介ははびたび見受けられる(25)。
その一方で、移動図書館の車体やその設備などというハード面に関しては、専門的な知識や各現場の状況を十分把握しなければならないと考えられることから、一部の紹介にとどまっている(26)。
表11 移動図書館車の設備
都道府県 定員(人) 積載冊数(冊) 書架位置 照明 視聴覚設備
北海道 10 1700 内 7 無し 岩手県 記載なし 秋田県 4 800 外 5 県視聴覚ライブラリー備付器具及資料を利用 群馬県 3 1200 内 21 3 1200 内 21 埼玉県 9 2000 外 4室内 RCA映写機1台、北辰映写機1台、紙芝居台1台 5 1200 外 3室内 千葉県 3 700 外 18 テープレコーダー 5 1000 外 24 4 3500 内外 23 富山 3 1000 外 18 テープレコーダー3、幻灯機=映写機、紙芝居、レコード 3 1000 外 18 3 1000 外 18 福井県 10 1200 外 25 幻灯機3,映写機2,蓄音機1,テープレコーダー2,紙芝居舞台1 山梨県 10 2500 内外 30 紙芝居 愛知県 4 1500 車外 外線 ポームトーキー、テープレコーダー、紙芝居 4 2200 内外 12 大阪府 2 1800 内 6 ラジオ、レコードプレア 兵庫県 12 1800 内 10 映写機2,録音機1,幻灯機3 8 1800 内 12 8 1800 内 12 岡山県 6 1800 外 9 テープレコーダ、レコードプレイヤー 大分県 記載なし 宮崎県 15 1800 内 7室内 テープレコーダー1,レコードプレイヤー1 青森県 6 1000 外 3 映写機1,テープレコーダー1,スライド作成開写真機1,ポータブルラジオ1
しかし、移動図書館の特定の設備(例えば積載冊数など)は、利用者へのサービスに影響を与えることは否定できないと考えられる。
そこで、本章では1950年代における移動図書館サービスにかかわりのある車の設備について、特定の資料(全国移動図書館運営協議会編,1954)を用い、当時の傾向を明らかにしようと試みた。
表11は、利用に影響があると思われる移動図書館車設備に関する項目を資料より抜き出し整理したものである。これによると、第一に積載冊数が1000冊前後の車が多いことがわかる(27)。2000冊積載を越える車を保有する地域として、埼玉県(1号車)・千葉県(3号車)・山梨県(1号車)・愛知県(2号車)のみであり、広い巡回エリアを考慮すると全体的に少ない感は否めない。
第二に、照明数が多いことがわかる。照明の設置個所など詳しいことは不明であるが、照明がおそらく夜間に使用されていたとするなら、3章で述べた通り夜間のサービスにおいて使用される視聴覚設備と密接に関わるといえよう
このように、この当時の移動図書館は資料の貸出以外に映画会などのサービスを行うということで、そのサービスが車の設備にあらわれていたといえる。しかしながら、この当時の移動図書館車の設備は、当時の車体改造技術や車の形(ボンネット式・キャブオーバー式などのような)、さらには地理的条件、費用の条件など様々な問題を含んでいると考えられ、この種の詳細なる事実の提示及び分析はさらなる検討が必要であると考えられ、事実の提示にとどめておく。
6 1950年代前半における日本の移動図書館の特徴とその課題
これまで1950年代における移動図書館について二次資料を中心に用い明らかにした。しかし、限定した資料及び二次資料を用い事実を紹介したために、その活動を実証的に紹介したとは言い難く、一部の紹介にとどまってしまった。さらに、本稿では事実の整理にその主眼を置きすぎたため、その特徴も十分明らかにすることはできなかった。しかしながら、そのような中でも移動図書館の特徴は大きく2つにわけることができる。
ひとつは、この当時の移動図書館活動は近代的機能を有し、図書館界並びに民衆に対して、大きなインパクトを与えたことである。それは、映画会などの多彩なサービス、関東地方のように移動図書館が広まり、全国で1950年代はじめに巡回開始が集中することから、その与えた大きさがうかがえるであろう。さらに、呼称からもその影響の大きさがうかがいい知ることができよう。
もうひとつは、これとは対照的に移動図書館活動は限界を有していたことである。
都道府県内という広い巡回エリアにおいて、当然積載冊数が限られた数台の移動図書館車で駐車場を巡回し、加えてその巡回周期が長く密度の薄いサービスであった。
このように、移動図書館は両面の特徴を有していた。しかしながら、あまりにもその活動の影響が大きかったために、その限界を十分考慮することができなかったのではないかと考えられる。
以上のように、本稿において当時の移動図書館の特徴が若干ではあるが明らかになった。だが、むしろ本稿において移動図書館の歴史を整理するにあたり、今後追求されるべき課題や本稿における視点の欠落が明らかになった点が多い。
それは第一に、移動図書館を考える場合、移動図書館のみを考えるのではなく、各都道府県の図書館政策における一部として考えることである。例えば、移動図書館巡回開始時期を検討するにあたり、その開始年という数字だけではなく、その計画時期や理由などを十分把握しなければならない。また、都道府県内における県立図書館の数や館外サービス政策を十分ふまえなくてはならないであろう。
第二に、各地域における社会的状況やその生活習慣などを十分把握しなければならないことである。
1950年代における移動図書館利用者層の特徴や、移動図書館活動(もちろん映画会なども含む)が民衆に与えた影響を考える場合、当然ながら当時の社会的状況をふまえなければならないであろう。特に、「自動車」で本を貸出し、さらに「映画」を上映するなどの近代的装置により普及したこの活動は、民衆の生活の中に、さらには地域の活動のなかにどのように浸透していったのであろうか。
その他にも一次資料発掘に関わる点(28)や、さらには現在における移動図書館の課題など、深めるべき課題は残されているといえよう。
このように、本稿では二次資料における移動図書館史の記述の整理に終始したために、残された課題は多いといわざるをえない。しかし、これまで示してきた1950年代における移動図書館活動を考慮すると、その活動は非常に興味深いといえよう。
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- ただし沖縄の場合、琉米文化会館の活動と機能が「文化統制的側面をもちながら、同時に奨励的、助成的側面」(小林,平良,1988,p.185)を含むように矛盾的な側面を有しているという。
- なお、この点に関しては十分に考察されたわけでもなく、現段階としては筆者の課題としてとどめておく。
- その他に、移動図書館は戦後日本における館外サービスを代表したこと、また近代的機能を有し民衆に図書館をPRしたことなどの視点も考えられるが、十分に整理されていない。
- 日本において、「移動図書館」に近い用語として以下のような多様な言葉が使用されている。「自動車文庫」「ブックモビール」「巡回図書館」「巡回文庫」「配本車」「訪問図書館」(石塚,1974,p.82)。
- 自動車によるもの以外にも、日本においては船(広島県立図書館編,1982)やリヤカー(都立青梅図書館むらさき号友の会記念誌編集委員会編,1989,p.4)による手段もあった。
- 当時の本来のスタイルとは、先述したように「既製の四輪車を土台にして書架整備、拡声装置を施した車体を持つという基本的なスタイル、及び駐車場を1時間内外の駐車時間で巡回し、図書の貸出を主要業務とする」(鈴木,石井,1967,P.31)ものである。
- なお、移動図書館巡回開始年月に関係すると思われる、その計画時期や巡回開始理由等の分析は、筆者の課題として残されている。
- 後述するが、千葉県の影響は関東地方に大きかったと考えられる。
- この引用は、1960年4月21日の『南日本新聞』の記事である。
- その活動内容は、貸出し文庫、フィルムショー、雑誌・パンフレットの配布、写真展示、講演会、コンサート、子ども向けプログラム、教育・レクリエーションプログラムである。
- 内訳は、沖縄本島120、宮古群島33、八重山群島27である。
- なお、現在沖縄の図書館は建設ラッシュをむかえているにもかかわらず、沖縄の図書館研究が一部のみである。よって、これから十分なる事実の提示がなされるべきだと筆者は感ずる。
- この当時、関東地区において館長会議が行われていたことも見逃せないであろう。
- ここでいう貸出方法とは、「ブックカード方式」「トークン方式」等の貸出方式ではなく、個人貸出・団体貸出などの別をいう。
- しかしながら、この個人貸出はその後も継続されず、1960年代はじめになると都道府県立の移動図書館は、「本来的な動く図書館から脱皮して読書普及運動の推進者となり、個人読書から集団読書へ、と新しい目標をかかげて、目的意識的なプロモーターになる」(源,1970,p.16)という指摘に代表されるように団体貸出への傾向を強める。
- おそらく農業である考えられる。
- ただし、「全コースを一巡するに要する期間」(全国移動図書館運営協議会編,1954,p.62)とある。
- なお、青森県の場合、1950年代前半は冬季(12月から4月まで)は移動図書館の巡回は行われなかった(青森県立図書館史編集委員会編,1979,p.317)。
- 兵庫県の移動図書案は、「図書館」ではなく「移動公民館」として活動したことが影響していると考えられる。なお、移動公民館としての活動は、兵庫県の他に静岡県(全国移動図書館運営協議会編,1954,p.162)、浜松市(日本図書館協会編,1992,p.395)、富山県(富山県図書館協会編,1961,p.35)、大分県(大分県総務部総務課,1990,pp.486-487)において巡回されていた。なお、長崎県において「巡回文化船」の活動が行われた(中島,1995)。
- ただし、1952年8月13日-1953年10月までの期間の数字である。
- なお、その祝賀会において、「アメリカ国会図書館」「アメリカトピックス」「すべての人に自由な読書を」「書物と人民」が上映された(酒井,1988)
- この発言は、総司令部発行の「スターズアンドストライブス」誌上に移動図書館誕生が大々的に報道された。
- あるメーカーが納入した移動図書館車の中で、1971年5月から1994年8月までの407自治体中、最も多かった呼称は、「ひまわり」18、「あおぞら」17、「みどり」13,「そよかぜ」13,「なかよし」12,「ふれあい」11、などの順であった(山重,1995,p.4)。
- なお、同名が2通以上あったものは「あけぼの」「そよかぜ」「明星」「むらさき」「いずみ」であった。一方、奇抜なものとして「旋風」「彗星」「閃光」「初春」「天国」「花束」「孔雀」「真理」「教養」「研鑽」などがあった。
- 例えば、「特集・がんばれ!移動図書館」(『図書館雑誌』Vol.92,No.4,1998)、「特集・BMは今」(『みんなの図書館』Vol.250,1998)などをあげるころができる。
- 移動図書館車のハード面を中心にわかりやすく説明したものとして『図書館車の窓』(『図書館車の窓』編集室編,1982)や、移動図書館車製作会社を紹介したもの(古川,1995)などがある。なお、1970年代に製作費を安くするなどの要望で「移動図書館標準化試案」が出されたいきさつがある(叶沢,1975)。また、移動図書館運営上のソフト面を中心とする基準が、大阪府(大阪府教育委員会社会教育課編,1974)や埼玉県(埼玉県移動図書館運営協議会運営基検討会編,1977)などで作成された。
- なお、現在は一般的に2500冊程度積載の移動図書館が一般的である。
- 当然のことながら、地域を歩き、その活動を肌で感じなければならないであろう。