横浜市におけるオンライン生涯学習:

学級生の参加度分析
西條 暁史

はじめに

 1990年に「生涯学習振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」(生涯学習振興法)が制定され、生涯教育センター・生涯学習推進センターの充実や教育文化事業の推進など生涯学習環境の整備が進められている。また、生涯学習は、キーワードとして「いつでも」、「どこでも」、「だれでも」、「自由に」などが挙げられている。そしてこの4つのキーワードは、そのまま「マルチメディア」のキーワードとして語られることがあり、この生涯学習とマルチメディアの2つをつなげようとする試みが最近注目されている(鈴木,1997)。本稿では、この両者を結び付けた実践例を分析することによって、新技術を用いた生涯学習の特色・役割について考えてみたいと思う。特に、生涯学習と電子メールなどの新しいコミュニケーション、新しいメディアがどのように結びついているのか。そして、この2つのつながりの利点をどのような学級生が、かつどのように利用しているのかの2点を明らかにする。

 そのようななかで、横浜市緑区では、「日本で初めてのオンライン生涯学級」というインターネットのメーリングリストを用いた生涯学習プログラムを1995年から年2回開講している。

 データとして用いるのは、横浜市のホームページ上に公開されている「オンライン生涯学級(「緑区・・・」)」の記録である。A4版で1000ページ以上もの詳細な記録であるが、これらすべてを対象とすることは不可能であるので、そのなかの「国際化に向けた緑区の街づくり」という学習テーマの第1回分(1995年11月11日〜1996年2月17日)を取り上げた。本稿では、その学習内容よりもむしろ参加者に焦点を当て、その積極性、参加度などを中心に、電子メールなどの新しいコミュニケーション方法と生涯学習との結びつきとそこでの学級生の学習活動、オンライン上の生涯学習の特色・役割について考えてみたいと思う。



1. 「オンライン生涯学級」とは

1.1 目的と参加者

 横浜市の「オンライン生涯学級」とは、インターネット上などでの電子メールを使うことにより、外出が困難な人や通勤している人が自宅や会社など好きな時間に好きな場所から学級に参加でき、わずかな費用で様々な講師や多くの参加者との意見交換を頻繁にできる双方向の対話学習型の生涯学級である(飯牟,1996)。

 「オンライン生涯学級」は、有志からなる運営委員会が横浜市から学級運営を委託されている。この運営委員会による企画案では、「オンライン生涯学級」は『講師によって与えられたテーマに関して、オンライン上で議論するのではなく、学習の素材(本、テレビなど)をもとに、学習者が自分たちで課題を発見し、自己解決していくためのコミュニケーション媒体として、パソコン通信を位置づけたらどうか(飯牟,1996)』というものであった。

 一般応募で参加した学級生は25名であり、それと運営委員3名、アドバイザー2名の合計30名でスタートした学級生の内訳は、学生1名、会社員19名、教員4名、海外1名、うち9名が女性であり、また年齢層も19歳から60歳代までと多彩な人たちの参加であった。

1.2 機能

 運営方法として利用するメーリングリストとは、グループ内のメンバの一人がメーリングリストサーバにメッセージを発信すると、登録されたメンバ全員に同一のメッセージが配信されるようにする機能のことである(宮,1997)。

図1:メーリングリストの運用形態

 この機能を利用することにより、学級生はインターネットに接続できるすべての商用通信ネット、地域ネットから電子メールで参加することができる。学級生、アドバイザーの発言は、所定のインターネット・アドレスに発信し、メーリングリストがすべての関係者に発言内容をまとめて電子メールで自動的に配信する。学級生はダイジェストを受信することによって、他の学級生の意見を知り、それに対して自分の意見や質問を送信する。この繰り返しで対話学習は進められる。学級生は都合のよい時間に電子メールを読んだり送ったりできる。

 この「オンライン生涯学級」は、一方的に講義する一対多通信ではなく、講師を設定せずに「学級生による自己解決を目指す」学級とするために、多対多通信型のメーリングリストをインターネット上で稼動させるという学習形態を取っている。

 また、サーバ内の電子図書館において登録された各種教材や報告書を自由に引き出し、過去の発言記録を参照し、また各自グループの研究資料の保管として使うこともできる。

1.3 学習の流れ

 学習の進め方は、各テーマに沿って学級生によるオンライン上の対話学習を中心とし、後半からグループ研究をメールのやり取りによって進め、最終的に研究成果を発表するという方法である。

 「オンライン生涯学級」においては、メールのやり取りはハンドル名(パソコン通信上のペンネーム)は使わずに、本名で交信することにしている。

 また、電子メールだけではお互いの顔が見えない同士となるので、開講式、セミナー、閉講式を「オフラインコミュニケーション」として相互理解の助けとなるようにしている。

 開講式では、アドバイザーの「一緒企画」と「神奈川県国際交流協会」のゲストが「インターネットの実状」と「ネチケット(ネットワーク上のエチケット)」について講演し、学級生は初顔合わせをした。中間セミナーまでの1ヶ月間は、約1週間ごとに「横浜の姉妹都市」、「歴史」、「教育の国際化」、「外国人労働者」と小テーマを変えて電子メールの交換をしながら自由に討論していった。セミナーでは、オフラインでこれまでの感想・問題点などの意見の交換を行い、グループ研究のテーマを話し合った。また、クリスマス時期ということでオフラインパーティーも行った。

 セミナー後の2ヶ月間は、グループ別にメールで情報交換を行い研究発表の準備を進めた。それまでの学習テーマに基づき、「情報発信基地みどり田園都市共和国構想」、「公共施設の見直し」、「高齢社会とパソコン通信」の3つのグループに分かれ、運営委員も加わってグループ研究を始めた。

 閉講式では、学習のまとめとして各グループ別に発表を行い、同時に今後のオンライン生涯学級の可能性について討論した。



2. 学習について

2.1 実際の学習活動

 1995年11月12日から始まったその週のテーマは「姉妹都市」であった。まとめ役(Aさん)がまず話題のきっかけとして、「横浜市の姉妹都市」についての資料を電子メールで学級生に配信している。それに対して、1日1件から数件の学級生からの発言が各学級生にダイジェストにされて配信される。

 同様にして、12月15日の中間セミナーまで約1週間ごとに小テーマを変えて自由に討論をし、運営委員会は、行政刊行物から必要な資料を集め随時入力作業をしてホストサーバから各学級生に資料を配信している。

 12月16日のセミナーにおいて、発言者の偏りについての問題を取り上げている。解決策として、日記当番を決めて自発的な発言を促すように試み、後半の12月17日から翌年2月16日までのグループ内の相互通信において積極的な参加が見られた。

2.2 通信記録の分析−全体的傾向

 まず、全体的な状況を見るために、学習活動における電子メールのやり取りを、11月12日から12月19日の1ヶ月間の通信記録のデータを基に発言量と発言時間のグラフ1を作成した。

 横軸にテーマ順に時間軸をとり、縦軸に発言量と発言時間帯をそれぞれ棒グラフと各点で表した複合グラフである。縦軸の左側の系列の発言量は、単位を行数とし、棒グラフによって各発言の発言量の大小を表している。発言量があまりに長いもの、学習内容と無関係の話題、長文の資料データなどは25行以上の棒グラフとして表している。縦軸の右側の系列は、発言時間帯を24時間制(25時は次の日の午前1時)で表し、単位は時間とし、点で学級生の発言時間帯を表している。

 このグラフは、テーマ1から4の学習の流れに沿って学級生の発言をすべてまとめて表したもので、ここから学級生が電子メールを利用してどのように学習に参加しているかが分かる。

グラフ1:電子メールによる学習参加

 グラフ1より分かることは、まず第1に発言量と発言時間帯との相関は特に見られず、午前でも午後でも積極的な多くの発言があること。第2に、発言数が各テーマごとに多いもの(テーマ1の発言数28回)と少ないもの(テーマ2の発言数6回)とに分けられること。これは、単純にテーマの内容への興味・関心によるものと思われる。つまり、発言数が多いテーマ1「横浜の姉妹都市」は発言数が少ないテーマ2「横浜の歴史」よりも積極的な学習参加があったことを示している。第3に発言数は、1ヶ月間でほとんど毎日1件から数件の発言があったこと。第4に各学級生の発言数は平均すると1ヶ月間で2.5回、週0.6回程度の発言があったことが分かる。

2.3 通信記録の分析−発言時間帯

 発言時間帯の分散度を時間別に分析した図がグラフ2である。ここから午後22時から25時の時間の発言が全体の半数を占めていることが分かる。しかし、一日中を通して日中の時間でも学級生の学習への参加があることも示している。

グラフ2:発言時間帯別

 また、発言時間帯から学級生を傾向別に3分類されることが分かった。それを表した表がグラフの3から5である。グラフ3〜5は、横軸に発言量(単位は行数)、縦軸に発言時間帯(単位は24時間)をとって、各学級生がどのように学習に参加しているかを表したグラフである。

 グラフ3は、学級生の中で午後20時以降の発言が多い学級生A、C、E、Fを抜き出したものである。この学級生は、特に午後22時以降の深夜の発言が多い傾向をもつ。

 グラフ4は、午前10時から午後22時までの日中の時間帯での発言が多い学級生G、I、Jを抜き出したものである。この学級生は、深夜の学習参加はあまり見られず午後22時までの発言が多いことが分かる。

 グラフ5は、発言時間帯が深夜、日中とも決まっていない学級生B、D、Hを抜き出したものである。この傾向を持つ学級生は、深夜組、日中組の学級生どちらの傾向を持ち、発言時間帯が一日中にわたっていることが分かる。

グラフ3: グラフ4: グラフ5:

 グラフ1および3から5は、学習活動における電子メールのやり取りの通信記録をもとに作成したものである。ここで調査対象としたAからJまでの10人は活発な発言をし通信記録を残している。学級生25人中残りの15人については、発言数が少なく調査対象とはしなかったので、発言者の偏りがあることが分かる。



3. 考察

 以上のデータを整理したのは、生涯学習と電子メールなどの新しいコミュニケーション、新しいメディアがどのように結びついているのか。そして、この2つのつながりの利点をどのような学級生が、かつどのように利用しているのかの2点を明らかにするためであった。以下、この2点からオンライン上の生涯学習について考察してみる。

3.1 生涯学習と電子メール

 生涯学習と電子メールとの結びつきについては、非常に向いているのではないかと考える。電子メールの機能により、家に居ながら、もしくは仕事場などの好きな場所から好きな時間に学習に参加できる学習形態がとれるからである。このことは、グラフ1の発言時間帯を表す点の分散度から、学級生が制約なく自由な時間帯に発言をしていること、また、グラフ5の一日中を通して発言時間帯が決まっていない学級生のような存在によって、特定的でない任意の場所から学習に参加していることを推測できる。生涯学習、とりわけ成人の学習は個人学習が原則であり、家に居ながら好きな時間に学級に参加できる電子メールのメーリングリスト方式はまさに個人学習そのものなのである。

 しかし、電子メールそのものを扱うことを目的とした学習ではなく、この新しいメディアは方法・手段として学習の「能率性」に関係するので、「能率性」については次項で考察するとして、個人学習において最も重要な課題である「自発性」についても検討する必要があると考える。

 個人学習の自発性とは、他からの強制ではなく、学習者自身の意志によって自発的に行う学習であり、学習者の内部における学習への興味や感心、必要感が原動力となる(岡本ほか,1985)。

 ここで電子メールは学習のメディアとして、個人学習の「自発性」に関与するのであろうか。グラフ1について第2章3項「通信記録の分析」において明らかにしたように、テーマの内容への関心度によって学習参加度(発言数)に大きな違いがあることが分かった。そしてこの関心度の違いによって極端に変化する参加度は、電子メールという学習メディアが個人学習の「自発性」に大きく関与していることを示している。

3.2 積極的学習について

 学習メディアとしての電子メールはどのように学級生に利用されているのか、そして電子メールを用いる学習は、どのような学級生を対象とするのかについて以下に考察してみる。

 電子メールによる学習参加には2つの側面がある。1つには、電子メールによって発言をして自分の意見や学習した内容を他の学級生に発表することである。このような発言による学習参加を、ここでは積極的学習と呼ぶことにする。積極的学習による参加は、自分の名前を明らかにすることで発言の責任所在を明らかにし、学習への取り組む姿勢を真摯なものにする。また、自分の発言に対する意見や回答を他の学級生から受けることで、学習への興味・必要感を持たせることができる。

 積極的学習については次のように考える。グラフ1の発言数から、ほとんど毎日発言があることが分かるが、各学級生の平均発言数をみると1ヶ月間で2.5回とあまり発言していないことが分かる。しかし、AからJまでの積極的学習がみられる学級生に限定すると平均6回となり、1週間で1.5回は発言していることになる。

 もし発言数を各学級生は1日1回と決めてしまうと、学習のための発言ではなくコミュニケーションとして学習以外の話題が中心の発言になってしまう。発言数があまりに少ないと、学習参加の度合いがはかれず、また他の学級生の受動的学習も引き起こさなくなってしまうので、学級自体が活動できなくなってしまう。よって、ある程度の内容を持ち、他者の受動的学習にもつながる発言数とは、学級生が少なくとも週1回は発言することが望ましいと考える。

 また、各学級生の1回分の発言における発言量をみてみると、グラフ1から25行以上の長い発言と10行前後の短い発言の2つに大別されることが分かる。他の学級生の発言に対するコメント的な短い発言でも、積極的な学習参加をしているとみることもできるが、本来の学習としては、25行以上の活発な発言が他の学級生の学習参加を呼びかけ、「学級生による自己解決を目標」とする学級につながるのではないかと考える。

 まとめとして、分散的な発言時間帯、その中でも夜の時間帯の発言が多いことから、この学習活動が一日中を通じていつでも参加できる非同期性の遠隔教育であり、また、勤労者や学生などは帰宅時間帯に多くの参加をしていることが推測され、電子メールを上手に利用した積極的学習をしていることが分かる。

3.3 受動的学習について

 電子メールによる学習参加におけるもう1つの側面が、配信された電子メールを「読む」ことである。このように「読む」ことでの学習参加を受動的学習と呼ぶことにする。配信された他の学級生の意見を読むことで、学級に参加していることが確認でき、ここでも学習の興味・必要感を持つであろう。また、ここの学級生による個人学習の学習内容の偏りや不足部分を補うこともできる。

 実際に学級生が、いつどこでどれくらいの頻度で受動的学習をしているかはデータからは出てこない。これは、電子メールの欠点で、配信された電子メールが読まれたかどうか確認できないためである。しかし、学級生のアンケートなどから、多くの学級生が比較的毎日の受動的学習を行っていることはかなりの確実さで推測される。

3.4 対象となるオンライン生涯学習の学級生

 電子メールによる学習活動において、学級生の対象はどのような参加者が考えられるかについて考察したい。

 学級生として、19歳から60歳代までの世代を超えた参加者が集まったこと。グラフ3から5で分析したように発言時間帯においても様々な学級生の傾向が見られたこと。1回の発言における発言量にも長い人(A、I)と短い人(C、D)など特徴があること。発言頻度にも多い人と少ない人のあることなど、学級生の一般的な特徴がつかみづらいことが分かった。しかしながら、これは学級生としての対象は、パソコンを持っておりネットワークにつながっていること、電子メールを扱えるなどハード的な条件が整いさえすれば、すべての人たちが対象となり得るということもいえる。

 また、電子メールによる学習参加によって、内向的性格、身体的条件によって通学が困難、時間的・距離的条件によって参加できないなど、施設で行っていた従来の生涯学習では参加が難しかった人までも学級生の対象となり得ることなども補足できる。



まとめ

 学級に参加した学級生のアンケートの結果から、「オンライン生涯学級に参加してよかったことは」という質問の回答を補足する。

*「普段絶対会うことがなかったであろう人たちと会うことが出来たこと」

*「従来の講義のような講座を聴くだけの方法ではなく、学級生の一人一人が主体的に発言できたこと」

*「自分の自由な時間に参加できるので、子持ちの私でも参加できました」

*「NIFTYをやむを得ず立ち上げ、使い出したこと」

*「オンライン生涯学級という新しい可能性にふれることが出来たこと」

*「趣味の話ではなく、地域を念頭に置いた積極的かつ生産的な意見の交換が出来たこと」

*「刺激的で充実した3ヶ月でした。アドバイザー、学級生の発言に触発されてずいぶん本も読みました。共通点は横浜近辺に住んでいるというだけの人が、10数人話しただけで、こんなに盛り上がるとは思いませんでした。ほとんど毎日、メールが入っているのが、本当に楽しみでした」



 本稿は、実際に行われている横浜市の「オンライン生涯学級」を基に、電子メールを用いたオンライン上の生涯学習の特色・役割について考えてみた。

 電子メールによる学習は、積極的学習と受動的学習の2方向からの学習参加が考えられる。この2つの学習参加は、車の両輪であり、両者のバランスが最も重要である。特に、いわゆる「ROM( Read Only Member )」と呼ばれる「読むだけ」の学習参加のみでは、自発的主体を欠いた学習であり学習の効果が十分に発揮されるとはいえない。つまり、考察でも述べたように、電子メールによる学習参加は「自発性」と大きく関係し、積極的・受動的な学習参加は相乗的に影響し合って学習効果を高いものにすると思われる。

 生涯学習において、学習媒体、メディアとの関連で考えれば、最も重要なことは学習者の自己学習の態度つまり自発性であり、メディアは学習能率をあげる手段である。

 本稿は、「オンライン生涯学級」のように新しいメディアを生涯学習に取り入れることによって、学習形態に新たな可能性が加わることを示し、、潜在的な学習者も掘り起こせるということで、今までとは異なる生涯学習の可能性を開くことを明らかにしてきた。



<参考文献>

1:鈴木敏恵.マルチメディアで生涯学習.社会教育.No.608,p.4−9(1997)

2:「緑区オンライン生涯学級の記録」<URL:http://www.city.yokohama.jp/se/wand/midori/syougai/mol1/index.html>

3:飯牟礼成則.オンラインメディアを利用した自治体の生涯学級:日本で始めてインターネットのメーリングリストを使った生涯学級.社会教育.No.599,p.58−61(1996)

4:宮紀雄.電子メール活用術として、メーリングリストの開発・運営方法.情報の科学と技術.Vol.47,No.6,p.298−303(1997)

5:岡本包治ほか.゛10 これからの生涯教育゛生涯教育とは何か:課題から実践へ.生涯教育対策実践シリーズ.東京,ぎょうせい,1985,p.367−368.




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