文教大学越谷図書館における
中国人学外利用者の中文図書利用について石井 円1.はじめに
1.1.研究の動機
筆者は現在、文教大学越谷図書館の閲覧係に勤務している。文教大学越谷キャンパスは、教育学部、人間科学部、文学部の3学部から構成されている。文学部には日本語日本文学科、英米語英米文学科のほか中国語中国文学科があるため、図書館においても多数の中文図書(約36,000冊)を所蔵している。中文図書を資料として使用する利用者は、学部生にはそれほど多くはなく、本学教員や学外者登録をしている近隣在住の中国人利用者が多くを占めている。相互貸借による他館への貸出も比較的多い。しかし、全体的に見ても中文図書はあまりよく利用されているとは言えないため、もう少し「宝の持ち腐れ」にならないような工夫ができないものかと時折思っていた。
筆者は閲覧係に配属されて現在3年目で、毎月利用統計を作成・提出しているが、今まで統計中のデータを分析したことはない。現在専攻するテーマが中国の図書館に関することであり、中国語による多言語サービスにも興味を持っているため、この機会に勤務館の利用データを素材に中国人学外者の中文図書利用状況を調べてみることにした。多言語・多文化サービスについて知ると同時に、中国人学外利用者を含む外国人学外利用者に対して、どのようにサービスを展開してゆけばよいか考えたいと思う。
1.2.研究方法
文教大学越谷図書館における2000年4月1日〜12月31日の全貸出データから、1:中文図書の全貸出データ 2:1のデータ中で中国人学外利用者の全貸出データ を抽出し、それらを分析してどのような傾向が見られるかを考察する。図書館業務システムは(株)リコー社製の「Limedio」を使用しているので、このシステム中の閲覧管理システムを用いて貸出データを検索した。また、過去の類似の調査についての文献を参照し、結果を比較する。最後に中国人学外利用者(外国人学外利用者)への今後のサービス向上のために何をすべきか、データや日頃のカウンターでの状況を元に具体的な案を考える。
2.文教大学越谷図書館における学外者公開サービスの歴史について
2.1.文教大学越谷キャンパスの概況
*数値は2000年5月1日現在のもの。
- 所在地:埼玉県越谷市南荻島3337番地
- 学生人数:4,454名
- 学部構成:教育学部(初等教育課程、中等教育課程)
- 人間科学部(人間科学科、臨床心理学科)
- 文学部(日本語日本文学科、英米語英米文学科、中国語中国文学科)
- 大学院(人間科学研究科臨床心理学専攻、人間科学研究科生涯学習学専攻、言語文化研究科言語文化専攻)
- 教育専攻科教育学専攻
- 外国人留学生別科
- 付属研究所(教育研究所、臨床相談研究所、生活科学研究所、言語文化研究所)
- 教職員数:540名
2.2.越谷図書館の概況
- 現用館の開館:1981年10月
- 専有延床面積:4,546平方メートル
- 構造:鉄筋コンクリート地上2階地下2階
- 蔵書冊数:320,937冊(うち和書:238,100冊、洋書:51,680冊、中国書:36,039冊)
- *資産資料総数は視聴覚資料、電子資料も合計すると325,819点。
- 雑誌タイトル数:和雑誌2,617、外国雑誌318
- 新聞タイトル数:和新聞47、外国新聞20
- 座席数:430席
- 職員数:専任職員14名、非常勤職員12名、兼務1名
- 開館時間:平日9:00〜20:00、土曜日9:00〜16:00
- (授業のない期間は平日9:00〜17:00、土曜日9:00〜12:00)
- 日曜日、祝日、年末年始は休館
- 貸出冊数と貸出期間:一般貸出は資料10点まで2週間貸出。雑誌と録音資料は1週間。
- 雑誌と録音資料の点数は図書の限度冊数に含まれる。
- 学外者登録総数:2,196名(うち外国人は合計50名前後と思われる。中国人は20名程度か)
- 学外者への貸出数:12,647点(1999年度1年間)
2.3.文教大学越谷図書館史概略と、学外者サービス
文教大学越谷図書館における学外者公開サービスには約20年の伝統がある。これを語るにはまず文教大学図書館の歴史に触れておく必要がある。
1966年、文教大学の前身である立正女子大学が、現在文教大学越谷図書館のある埼玉県越谷市のキャンパスに開学した。このとき図書館はまだ存在せず、一番最初に建設された学部棟1号館の一室を図書室とした。3年後の1969年に旧図書館が旧時計塔、研究室を併設して建設され(この建物は1997年に解体された)、5名の司書によって本格的な図書館活動が開始された。
1977年、立正女子大学は男女共学となり、「文教大学」と名称変更した。
1980年4月には湘南キャンパスに情報学部が移転、1985年には文教大学湘南図書館がオープンした。1990年には国際学部が開設された。越谷キャンパスでは情報学部が移転して1年半後の1981年10月、現在の文教大学越谷図書館である新館が完成、オープンした。この新館の建設計画の段階から、学外者への図書館公開サービスが構想されていたのである。越谷図書館新館がオープンした当時の新聞記事には、「大学図書館、地域と結ぶ:文教大19日から貸出、閲覧自由」『東武よみうり』(221号/1981年10月5日)、「児童文庫(1)も創設へ:文教大学が図書館を一般開放」『東武よみうり』(221号/1981年10月5日)と記されている。 その後、学外者利用規程の若干の見直し、貸出方式の機械化等を経ながら現在に至っている。
図書館の利用方法については、基本的に下記の貸出条件でサービスを行っている。分かりやすくするために、学部生と学外者で条件を比較してみる。
- 学部生:図書、雑誌、CD、カセットテープ等、全ての資料合わせて10点まで、2週間貸出。
- (一般貸出)3年生以上は一般貸出10点以外に、「研究貸出」として図書に限り
- 10冊まで1ヶ月貸出可能。
- 学外者:全ての資料合わせて10点まで、2週間貸出。研究貸出はできない。
このように、学生、特に1、2年生と学外者間の利用条件に大きな差がないことが当館の特長である。また、長年このような活動が続いていると、他大学図書館、他機関からの事例報告依頼がかなり多い。その時に出る質問に、「そのように多くの学外者に、学生とほぼ同じ条件で利用してもらって、問題は起きないのか」ということがある。幸い、目立ったトラブルは今のところ起きておらず、学外者公開サービスは順調に運営・利用されていると言えよう。
今年2001年10月には新館が開館して20周年を迎える。同時に文教大学越谷図書館の学外者公開サービスも20周年を迎える。学外者登録のべ人数は、児童文庫利用者も含め2,000人を越え、毎日多数の利用者が学外者用のピンク色の貸出証を持ってカウンターへ訪れる。元々越谷図書館の利用状況は活発で、学生一人あたりの1年間の貸出冊数は大学院生56.7冊、学部生約15冊と、国立大学学生の年間平均貸出冊数を上回っているが、このように学内者と学外者の利用が共に盛んでしかも双方の利用に特に支障を来さず運営できていることは、一職員としても嬉しく思っている。
3.中国人学外利用者が借り出している図書についての考察
(1)曜日別の貸出数(何曜日に多いか)
・文教大学越谷図書館における2000年4月1日〜12月31日の中文図書全貸出件数を曜日別に表に作成する。(中国人の利用者に限定することはシステム上不可能なので、合計貸出数は日本人学外利用者の貸出も含み、(5)の調査の数値より多くなっている)
表1:曜日別の貸出数(単位/冊)
曜日 日 月 火 水 木 金 土 合計
貸出冊数 0 51 71 47 27 34 18 248
・分析・・・土曜日は普段、学外者の貸出が一番多い曜日である。中文図書の貸出が火曜日に一番多いのは意外だった。理由は推測不可能。
(2)何を借りているか
・圧倒的に文学の図書が多い。ついで歴史。貸出数が2ケタ以上になったのは、この2分野の み。あとの分野は貸出数1ケタか、0冊。文学の内では、中国小説の貸出が多い。
(3)誰が多数借りているか
総貸出冊数:234冊
総貸出者数:14名
うち日本人: 7名
中国人: 7名
最多貸出数:91冊(中国人Aさん・男性・越谷市内在住)、62冊(日本人Bさん・性別不明・越谷市南荻島在住)
・分析・・・文教大学の所在地は埼玉県越谷市南荻島3337番地。二番目に貸出が多い日本人Bさんは図書館からごく近くのところに住んでいる。通いやすいため貸出冊数も多いのではないか。(4)時間帯別の貸出数
・(1)と同様にデータを検索した。
表2:時間帯別の貸出数(単位/冊)
開館
9:0010:00 11:00 12:00 13:00 14:00 15:00 16:00 17:00 18:00 19:00 閉館
20:00合計
7 28 102 29 29 24 14 20 16 6 1 1 248
・分析・・・朝11時の貸出が一番多い。学生の場合は、土曜などで授業のない時は午後から来館する人が多い。学外者は全般に一日中来館するが、中文図書の利用者は朝型の人が多いようである。
(5)貸出された図書を主題別に分類する。(NDC10区分。貸出が集中した部分をさらに詳しく分析する)
【NDC10区分に分類】(単位/冊)
0門
(総記)1門
(哲学・宗教)2門
(歴史)3門
(社会科学)4門
(自然科学)5門
(工業)6門
(産業)7門
(芸術・体育)8門
(語学)9門
(文学)
0 1 26 4 0 1 0 4 8 190
【貸出数最多の主題・9門(各国文学)全190件をさらに細かく分類】
900
(文学全般)910
(日本)920
(中国)930
(英米)940
(独)950
(仏)960
(スペイン)970
(伊)980
(露)990
(他)
0 0 185 4 0 0 0 0 1 0
【920番「中国文学」全185件をさらに細かく分類】
920
(歴史・理論)921
(詩歌)922
(戯曲)923
(小説)924
(随筆)925
(日記・紀行)926
(ルポルタージュ)927
(アフォリズム)928
(全集)929
(他アジア文学)
1 2 5 130 0 0 3 0 44 0
【923番(中国小説)全130件を時代別に分類】
923.08
(小説・叢書)923.4
(秦漢魏晋南北朝隋唐)923.5
(五代宋元明)923.6
(清)923.7
(民国成立以後)923.77
(現代・当代)
1 0 2 0 26 101
●分析結果
・全貸出件数234点中、最も多い分野は9門の文学であり、次いで2門の歴史が第2位である。しかし、9門の件数は190件、2門の件数は26件と、1位と2位の間には大きな差がある。
・9門の文学中のデータをさらに各国別に分類してみた。圧倒的に多いのは中国文学の185件である。2位は英米文学だが、この場合も件数は4件と、1位に比べ大差がある。しかも、中国文学、英米文学以外の国の文学で貸し出されているものは1件のみである。ここから、中国人利用者が主に自国の文学書を利用しに来館しているということが分かる。
・さらに、920番の中国文学を細分すると、1位は小説の130件、2位は全集の44件という結果が出た。二位の全集は、分類番号上は「全集」に区分されているが、実際の貸出データをよく見ると、全集中においても小説がよく利用されているのが分かる。
・さらに、前項で一番多貸出が多かった「小説」の区分を時代別に区分してみる。最も貸出が集中したのは現代の小説で、小説全体の貸出数130件中101件であった。民国成立以後のものと合わせると127件になり、中国小説中では現当代の小説が貸出のほとんどを占めていることが分かった。
・なぜ小説の貸出が多いのか・・・日本人利用者が日本語の小説を借りる場合、多くは娯楽のためである。本学の場合は文学部に日本語日本文学科があるため、学習・研究のために小説を借りている場合もあるが、日本語日本文学科関係者以外では、娯楽・教養の読書のため借りるということがほとんどであろう。外国人利用者が母国語で書かれた小説を借りる理由も、同様に考えてよいと思う。外国語で書かれた本を読むことは、かなりその外国語を使いこなせる人でなければエネルギーのいることであると思う。外国人は特別に仕事上、あるいは研究上必要がない限り、外国語である日本語で書かれた小説をわざわざ借りるということはあまりしないのではないだろうか。また、他に考えられるのは、「あそこの図書館には中国語の図書がある」と近隣の在日中国人内に口コミで情報が伝わり、来館してみて蔵書中の現代小説が比較的豊富なことを知り、他の割合に堅い内容の中文図書より、気軽に借りやすい小説に集中したのではないだろうか。日本語を学んでいる留学生であっても同様で、母国語の本があればどうしてもリラックスして読める小説類を借りることが多くなると思う。母国語の本は異国の地ではおそらく息抜きになるからである。
ここで、実際に今外国留学中のある日本人の体験談を紹介したい。Cさんは北米の大学図書館に留学中の方であるが、受け入れ先の図書館に到着してまず最初に借りた本は日本の遠藤周作の小説であった。なぜそれを借りたのか理由を聞いてみたところ、 「日本にいたときは遠藤周作は読んでみようと思いつつ読んだことはなかったのだが、日本語の本だったためつい懐かしくなって、借りた。現在は村上春樹が気に入って読んでいる。こちらにいると周囲の環境が英語のため、どうしても日本語のものが恋しくなる」とのことであった。
同様に、現在日本に留学中の中国人大学院生Dさんに、図書館に中国語の本があったら何が借りたいか聞いてみたところ、「やはり文学の本があるとよい、また自分の専門分野の雑誌なども、中国語のものがあれば利用したい」ということだった。
(6)どの地域に住む中国人がよく利用しているか。
今回調査期間中に中文図書の貸出を受けた学外利用者は、合計14名。その内の中国人学外利用者7名全員が越谷市内在住。同期間に中文図書の貸出があった日本人学外利用者7名(=中国人以外の学外利用者)の居住地内訳は、越谷市在住2名、隣町のS市1名、埼玉県内のKu市1名、Ka市1名、S町1名、千葉県在住1名であった。調査対象の人数が少ないため、あまりはっきりした傾向を言うことはできないが、中国人学外利用者については、日本人の中文図書利用者と比較すると、比較的当館から近くに住んでいて、公共の交通機関を利用せず、自転車や徒歩で来館できる範囲の利用者が中文図書を利用しに来ていると言える。
(7)どのような職業の中国人がよく利用しているか。
すべての学外利用者には、初回来館時に利用登録をしてもらうことになっているが、その際利用申請書中の緊急連絡先欄に勤務先を書く人もいる(記入したい人だけ記入する。また、他大学の学生はこの申請書に必ず所属大学名と学籍番号を記入することになっている)。この申請書をもとに学外利用者データを入力し、データ項目中の「所属」欄に勤務先や所属学校名が入力される。文教大学の卒業生は学外者登録時に卒業生であることを名乗り出る場合が多いので、その時はこの欄に卒業学部名と卒業年を参考までに入力している。そのため、「所属」欄を見ると利用者がおおよそどのような職業を持つ人であるかが分かることもある。調べてみたところ、今回の調査対象である中国人学外利用者7名の内訳は、留学生3名(他大学学部生2名、大学院生1名)、会社員1名、不明3名であった。留学生3名中の1名は、文教大学外国人留学生別科(1年間)の卒業生である。
(8)調査期間に貸出をした7名の中国人利用者は、和書を利用しているか。(そもそも日本語の図書を借りているのか。日本語が分かる人なのか)
(7)で述べた7名中、4名は日本への留学生と日本の企業の会社員であり、日本で長期にわたり生活しているのであるからかなり日本語は理解できるものと思われる。また職業不明の3名中2名の方には筆者がカウンターで接したことがあり、2名とも頻繁に利用されている方々である。うち1名の方は非常に流暢に日本語を話されるが、毎回中文図書を大量に借りて行かれる。もう1名の方は日本語が話せないため、時によっては筆者が話せる範囲の中国語会話で対応している。ただしこの方は日本語を読む分には不自由はないらしく、和書も借りて行かれる。医療関係の仕事をされているとのことであった。
残り1名の方が日本語を理解できるかは不明だが、少なくとも7名中6名は日本語の資料を利用するのに不便のない方々であるということが言えよう。
4.今回調査以外の利用事例
筆者がカウンター担当になって以来3年間、本学の卒業生ではなく、日本語もほとんど話せない中国人の方が来館され、貸出証を作って利用されるということが度々あった。少し話をお聞きしてみたところ、近くの会社に研修生として半年間、中国から来ているという技術者の方だった。公共図書館ではない本学の図書館についてどこで聞いて来られたのかは分からないが、大汗をかきながら出来る限りの中国語を話して利用案内をすると、喜んでいただいた様子である。そして、中文図書や雑誌が沢山あるので驚かれる。こちらも勉強中の身で堪能というには全く程遠いので、中国語で利用方法を説明するということは非常にエネルギーが必要なのだが、喜んでいただくとそのあとが大変(などと言ってはいけなくてこちらとしても喜ぶべきことなのだが)である。この利用者と同じような、研修生だという中国人が続けて何人か来館されるのである。推測だが、最初に来館された方が「あそこの図書館には中国語の本がいっぱいあって、日本語が話せなくても借りられた」と伝えているのではないだろうか。本当は近所の図書館に母国語の本があれば大いに利用したいと思っているのだけれど、日本語があまり分からないばかりに遠慮してしまっている外国人利用者が大勢存在するのではないか。(蛇足だが、この技術者の方はAV資料などを大変楽しんで利用され、半年後には「帰国することになった。どうもありがとう」と笑顔で貸出証を返しにみえた。閲覧係でのよい思い出のひとつになっている)
5.他館の事例について(調査報告を読んで)
外国人に対する図書館のサービスは、一般に「多文化サービス」「異文化サービス」「多言語サービス」といった言葉で表現されているようである。文献を検索してみると、これらの言葉が日本語論文の主題になり始めたのは1985年頃で、その後1991〜1993年頃が文献数のピークを迎えている。日本の図書館界で最初に多文化サービスに対する問題意識が発生したのは1986年のIFLA東京大会の折だという。欧米、特に北欧やカナダでは、昔からの移民受入の伝統もあり、早い時期から多文化サービス(これには障害者サービスも含まれる)が発達しており、IFLA東京大会で「それまで日本の図書館では多文化サービスは全く行われていなかった」ことに世界中から集まった図書館関係者は一様に衝撃を受けたということである。このあたりの経緯は深井耀子氏の論文(参考文献欄参照)に詳しい。1986年には他にカナダ図書館協会の多文化サービス・ガイドラインが制定され、日本でも1988年前後から多文化サービスに関する各種の調査が行われるなどの動きがあった。それらの調査報告中で、日常的な状況がよく分かって読みやすく、興味深かったのは星沢正美氏の「外国人利用者の要求を探る一つの試み −目黒区立目黒本町図書館の外国人利用者懇談会」(1991)と、長谷川文子氏の「外国人も図書館を利用している −在住外国人利用者の記録(調査報告)−」(1994)であった。
「突然英語で機関銃のように話しかけられてパニックになり、英語で何と返事すればよいか分からなくなってしまった」「欲しいというアラビア語の本が自館にないので、大学図書館はどうかと思ってダメモトで頼んでみたがやはり貸出してはもらえなかった」等の事例はかなり耳が痛かった。これらの主に公共図書館での調査報告や、実践例、ガイドラインを読んで、「やはり大学図書館とは事情が違う」と思った点がある。それは、公共図書館はあらゆる人にサービスをする視点に立って予算を採り、多文化サービスにおいては外国人の必要に答える選書をし、それに適したサービス方法を考えて実施していく義務があるが、大学図書館の学外公開における多文化サービスは、「その大学で持っている資料を、可能な範囲で活用して実施する」という点である。本学の中文図書の場合、資料の選定は中国語中国文学科の教員が行っている。買うのは研究のための図書が多く、学外者のために小説ばかりを買うという訳にはいかない。学外者が購入希望を出しても構わないことになってはいるが、それが通る時は多くは大学の学部構成に合致した資料であった場合である。どこの大学でも予算が有り余っているところはそう多くはないだろう。大学図書館において、限られた条件で学生にも学外者にも同じようにサービスをして、しかも利用を伸ばそうとすることは、なかなか難しいものだと思う。
多文化・多言語サービスは、最近ではあまり図書館関係雑誌の特集になることがないようだが、これはすでに図書館(特に公共図書館)でこれらのサービスが定着し、運営が軌道に乗ってきている証拠なのかも知れない。また、大学図書館の多文化サービスが雑誌の記事になるときには、その内容は「留学生サービス」であることが多く、「大学図書館を学外公開したときにそれを利用する外国人へどのようなサービスをすればよいか」という主題の文献は、筆者の探した範囲では見当たらなかった。昨今では大学図書館の学外公開は当たり前になってきているので、今後どこかで、文教大と同様の、外国人学外利用者への対応事例を知ることができればありがたいと思う。
今回読んだ文献の中に、書かれた時期はやや古いが現在の本学図書館にとって参考になりそうな部分があったので、以下に引用したい。
ダイキマン図書館では、外国で出版された図書(同図書館ではすべて「外国語図書」の表現を使っている)は大別して2種類に分けられている。児童書はノルウェー語の図書も含めてすべて一室に集められているが、成人用図書は、それぞれ独立した第1・第2外国語図書室に配架されている。
(中略)
第2のタイプ(第2外国語室)は主要ヨーロッパ言語以外で書かれた図書のコレクションであり、その種類は非常に多い。第1表にみられるように、人口に比例してウルドゥ語・ヒンディ語・トルコ語が多い。 さらにアラビア語図書が多いことは、モロッコ以外にも、北アフリカ諸国からの移住者が多いことを示している。これらの図書は主にその国の新刊の小説やノンフィクションが中心であり、ポピュラーな図書の収集をめざしている点に特色がある。北欧や中欧以外の地からの移住労働者は概して学歴が低く、一般的に図書館利用の経験者も少ないことから、図書館にアクセスしやすいようにとの配慮が先行しているのではないであろうか。ただし外国人利用者のタイプは移住者に限らず、とても多様である。たとえば留学生などの利用も多い。
私が第2外国語室で、担当のインゲ・マリー・ヴイク(Inger Marie Wilk)さんに聞きとりをしている時、中華人民共和国からの10人ほどの留学生グループと出会った。コンピュータ関係科目専攻の彼らは、まだノルウェー語習得中とのことであり、引率の先生とともに利用方法などの説明をうけるため、この図書館を訪問したのであった。インゲさんから流暢な英語で「わずかであるが中国語図書もある」との説明をうけて、彼らの顔は一様に輝いた。「ここで××(名前は聞きとれなかった)の小説が読めるなんて以外だった。」とインゲさんに(英語で)言いながら、早速学生証を見せてカードを作っていた彼らの様子をみて、やはりこうしたサービスは、外国に居住するあらゆる階層の人にとってうれしいものであるに違いないと思った。むろん彼らの専門科目に関するノルウェー語・英語などの図書は、留学先の学校の図書館に完備しているであろうが、休息時間に読む図書を求めるためノルウェー人教師が配慮してこの図書館に案内したものであろう。
(深井耀子「北欧における外国人移住労働者への公立図書館サービス −オスロ市立ダイキマン図書館を訪問して」1986 より)(2)
ここで報告されている事例と同じことが、15年経った現在でもおそらくどこかで起こっており、その舞台がどこの国のどこの図書館であろうとも、留学生がどこの国の人であろうとも、感じる嬉しさは同じなのではないだろうか。留学生が学ぶ内容は時の流れとともに非常な速さで変わって行くが、外国で母国語の本を見つけた時に感じることはいつの時代でも変わらないと思う。また、利用者の顔がぱっと輝くようなサービスができたら、それは司書にとっても大変嬉しい瞬間なのではないだろうか。
6.まとめ
これまでの調査分析と考察から、外国人学外利用者への多文化サービスを有効に行うために以下の点に配慮し、工夫することを提案したい。
(1)潜在的な外国人学外利用者を引き出すために、広報活動が重要である。
・外国人学外利用者は、その人たち向けのサービスがあることを知らないことが多い。
文教大学越谷図書館の中国人学外利用者も、学外者公開が知られている割には利用人数が少なく、4万冊近くある中文図書が使われずにいるのはもったいない。(小規模公共図書館で少しずつそろえている千や数百の中文図書冊数から見たら、大学で所蔵している万単位の図書は夢のような数字なのではないかと思う)これらの人たちは、本当に情報を必要としているのに図書館の多文化サービスに気付かなかったり、「日本語があまり分からないから行ってもどうせ自分には利用できないだろう」と思いこんでいたりして来館しない。「ここに来れば役に立つ情報やあなたの読みたい本がありますよ。日本語が話せなくても大丈夫です」と分かりやすく目立つように知らせる必要がある。日本語が話せなくても利用できることが分かれば、次の利用者は最初の来館者が芋づる式に連れてくる。・世界中にむけて情報を手軽に発信できるインターネットを利用する。図書館ホームページに外国語で利用案内を載せる。
・学外者公開をしていることを積極的に宣伝する。図書館広報誌に学外者サービスのことを時 折掲載するようにし、市の公民館などに置いてもらう。
・市の広報誌の案内板に「大学の図書館が利用できます」と広告をのせてもらう。(本学で市民公開語学講座の宣伝に使っている方法)
・当館で毎年行っていることであるが、相互協力協定を結んでいる越谷市立図書館に学外者用 の利用案内を常時置いてもらう。(越谷市立図書館では、蔵書の範囲で対応できない場合、 積極的に当館のことを紹介してもらっている。紹介された利用者がよく来館する)
・また、簡単な1枚ものの館内案内(特殊コレクション紹介など)を作成し、同様に公民館、近所の公共図書館に置いてもらう。
(2)図書館司書にとって、外国語の学習は不可欠になってきている。
・図書館の世界に限らず、「国際化」という言葉が使われるようになって久しい。もはやどの分野の仕事でも、外国語は必須の能力になっている。外国人利用者に「日本語ができなくても大丈夫!図書館を利用できます」というには、その前提がなければならない。仕事をしながら学ぼうとすると大変だが、避けて通れない道だと思う。これは、自戒を込めて言いたい。
利用者は、母国語が少しでも話せる図書館職員がいると、やはり嬉しいし、少し安心するのではと思う。・外国語の利用案内を作る。最近はどこの大学でも作成している。有名なのは東京大学附属図 書館の『ネットでアカデミック』(外国語版)など。留学生に協力してもらって作るという方法が、利用者とのコミュニケーションもとれて一石二鳥であるという考え方が多いようである。
(3)広報活動に必要な機器の操作も学ぶ必要がある。
・言うまでもないことだが、ホームページを作る技術や知識、センスが必要。
(4)利用が増えてきたら、注意を払うべき点もある。
・細かいことだが、学外者の場合、転居しても図書館へはなかなか届け出ない人が多い。本を返さないまま転居してしまい、督促状を郵送しても「転送期間は終了しました」と判が押されて戻ってきてしまう。また、最近は誰でも携帯電話の番号を利用登録時に届け出るが、携帯電話の番号は頻繁に変更され、しかも利用者が図書館へ変更の連絡をするのを忘れることが多い。こうして連絡がとれなくなり、返されなくなった本は除籍するしかない。利用登録時には所属の電話などを明記してもらい、督促はまめに行う必要がある。これは対日本人利用者でも困っていることである。利用が増えるのは嬉しいが、同時にこのような点に注意した方がよい。
・大いに広報をして、大いに利用していただきたいが、利用が増えると同時に管理面でも配慮 しなければならないことが多々発生する。利用者の方にいつも愛想のいい顔で接しなければと思うが、ついそういかなくなってしまうのが不甲斐ないところである。
以上述べて来たことを現場で実現できるように、限られた時間の中ではあるが、今後も少しずつ努力と自分の勉強を続けていきたいと思う。
注・引用文献
(1)児童文庫・・・越谷図書館地下1階に児童室があり、「あいのみ文庫」の名称で週に一度地域の子どもたちに図書の貸出、お話会などのサービスを行っている。
(2)深井耀子「北欧における外国人移住労働者への公立図書館サービス −オスロ市立ダイキマン図書館を訪問して」『阪南論集 人文・自然科学編』Vol.21, No.4, 1986.3, p.91-109. 引用はp.100-103より.
参考文献
・河村宏「多文化サービス −内なる『国際化』の視点から」(変貌する図書館−4− 図書館と国際化<特集>)『現代の図書館』Vol.26, No.4, 1988.12, p.200-204.
・深井耀子,寒川登「在日外国人・留学生のための図書館サービス −多文化社会図書館サービスをめざして」『図書館界』 Vol.41, No.3, 1989.9, p.106-110.
・河村宏「図書館の多文化サービス−『多文化サービス実態調査(1988)の分析』 −1− 公共図書館」『現代の図書館』Vol.27, No.2, 1989.6, p.118-125.
・河村宏「図書館の多文化サービス−『多文化サービス実態調査(1988)の分析』 −2− 大学・短大・高専図書館」『現代の図書館』Vol.27, No.4, 1989.12 p.254-258.
・河村宏「在日外国人・留学生のための図書館サービス −多文化社会図書館サービスをめざして(1989年度図書館学セミナー)『図書館界』 Vol.41, No.5, 1990.1, p.217-219.・迫田けい子「外国人サービスの原点を探る −図書館は何ができるか(図書館の異文化間サービスを考える<特集>) 『図書館雑誌』Vol.84, No.8, 1990.8, p.475-478.
・石塚友子「アジアからの留学生にとっての日本の図書館 −就学生・留学生との交流の立場から」(図書館の異文化間サービスを考える<特集>) 『図書館雑誌』 Vol.84,No.8, 1990.8, p.479-481.
・高畑圭子「在住外国人と図書館 −多文化社会のインフラストラクチャーとしての図書館」(図書館の異文化間サービスを考える<特集>) 『図書館雑誌』Vol.84, No.8, 1990.8, p.484-485.
・坂口勝春「図書館での多文化サービスをするために −”IFLA多文化社会図書館サービスのための指針”の視点」(図書館の異文化間サービスを考える<特集>) 『図書館雑誌』 Vol.84, No.8, 1990.8, p.491-493.
・深井耀子「カナダ図書館協会(英語系)の多文化サービス・ガイドラインについて」 『阪南論集 人文・自然科学編』Vol.26, No.2, 1990, p.19-26.
・深井耀子「スエーデンにおける移民・難民への公立図書館サービス −『平等・選択の自由・協同』の外国人・少数民族政策のもとに」『阪南論集 人文・自然科学編』 Vol.26, No.4, 1991.3, p.41-51.
・石渡博明「『異文化間サービス』の現場から −図書館との出会いを求めて」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.467-470.
・尾崎弘美「歩みはじめた留学生サービス −文化女子大学図書館における実践から」 (異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』 Vol.85, No.8, 1991.8, p.471-472.
・長谷川潮「日常性としての国際性 −国際基督教大学図書館の場合」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.473-474.
・砂川裕一「多文化間相互理解へのまなざし −留学生教育と大学図書館」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.475-476.
・図書館雑誌編集委員会「本は『生活必需品!!』 −外国人向け書店のベストセラー」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.478.
・彭飛「留学体験と日本の図書館への期待」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.479-480.
・星沢正美「外国人利用者の要求を探る一つの試み −目黒区立目黒本町図書館の外国人利用者懇談会」(異文化間サービスの実際<特集>) 『図書館雑誌』Vol.85, No.8, 1991.8, p.481-483.
・高畑圭子「図書館における多文化サービスの試み(在日外国人の暮らしと学習権 −続−)」 『月刊社会教育』 Vol.36, No.3, 1992.3, p.54-57.
・長谷川文子「外国人も図書館を利用している −在住外国人利用者の記録(調査報告)−」『図書館界』 Vol.45, No.6, 1994.3, p.454-461.
・深井耀子「多文化サービスの目標と戦略 −オーストラリアの基準からIFLAガイドライン1998年版まで−」『図書館界』 Vol.51, No.3, 1999.9, p.156-161.
・『文教大学越谷図書館年報 2000(第2号)』 2000.12