アメリカにおける学校への情報技術導入の評価方法 日本での適用を目指して
小澤 咲子
1 目的
本論では、学校への情報技術の導入に対する評価について、アメリカで利用されている『An Educator’s Guide to Evaluating the Use of Technology in Schools and Classrooms』(December, 1998)を取り上げ、評価指針、方法、項目などを整理し、予想される効果や留意点について検討する。
また、日本においても盛んに導入されている学校への情報技術だが、それらがどの程度本来の目的を達成したのか、どのような点で効果があったのか、投入された設備や教員向け研修プログラムの成果などの評価はまだ求められていない。が、『平成13年度文部科学省政策評価実施計画の策定について』 (2001.6.4)が発表され、「評価手法の調査研究」が含まれていることから、今後日本においても展開されるであろう評価という観点でこのガイドブックが参考となると考えている。
1.1 ガイドブック作成の背景
アメリカでは、1996年に、21世紀にむけて、すべての生徒が情報技術を取り扱うことができ、情報スーパーハイウェイの教育的な資源にアクセスできることを目指して、次の4つの国家的な情報技術に関する目標が定められた。
・すべての教員と生徒は、コンピュータや情報スーパーハイウェイを活用して必要なトレーニングやサポートを得ることができる。
・すべての教員と生徒は、教室において最新のマルチメディアコンピュータを使うことができる。
・すべての教室が情報スーパーハイウェイに接続されている。
・効果的なソフトウェアやオンライン学習に必要な資源がすべての学校のカリキュラムに統合され、取り残される子供のないことを保証する。
このために、次のようなプログラムが実施された。
* The Technology Literacy Challenge Fund
国が州や地域の教育に関する情報技術の費用を負担し、教育や学習に活用する。
* The Technology Innovation Challenge Grant Program(TICG)
学校において情報技術を効果的に使用するモデルを作成するプロジェクトを支援する。
* The Star School Program
生徒や教員に遠隔地教育の機会を提供するための情報技術の活用を支援する。
* Preparing Tomorrow’s Teachers to Use Technology
未来の教室で教員が効果的に効率的に準備をすることができるための改革を支援する。
* Learning Anytime Anywhere partnerships (LAAP)
次世代の遠隔地での教育やトレーニングを行うための情報技術の改良を目的とする。
1994年The Technology Literacy Challenge Fund (TLCF)および The Technology Innovation Challenge Grant Program(TICG)の制定以来、1996年の情報技術教育予算は3000万ドル(約36億円)、その後増大し、2001年には30億ドル(約3600億円)にも上り、そのうち約3分の2の2000億円が、Eレート・プログラム費用として教育機関や図書館の回線使用料などの援助にあてられる。 (森田、2001年) これらの投資によって、インフラの整備が急速に進み、コンピュータ1台あたりの生徒数はかなり減るとともに、インターネットに接続されている教室が急激に増えてきている。 (図表1-1 参照)
一方、1998年の段階でも、教室において情報技術を快適に活用できる環境が整っていると感じている教員はわずか20%にすぎないことから、今後も継続的にこの活動は進められていることと推察される。
このような状況の中で、日本の文部科学省にあたるDepartment of Educationの中の企画や評価を行う部門 Planning and Evaluation Service(PES) では、連邦からの情報技術に関する投資の成果や目標に対する効果を示すために評価を進めている。
その成果の1つとして、このガイドブック『An Educator’s Guide to Evaluating the Use of Technology in Schools and Classrooms』 (December, 1998) が作成された。このガイドブックは、オンラインで入手でき、すでに40,000部のコピーが使用されていることから、かなり普及しているものと考えられる。
(U.S.Department of Education Planning And Evaluation Service 2000年)
1.2 日本の現状
日本においても、アメリカに遅れているとはいえ、学校における情報技術の導入が始まっている。1994年度に通産省「高度情報化プログラム」の中で教育分野の情報化推進のための具体策として文部省との連携で「100校プロジェクト」が実施された。これは全国100ヶ所あまりの小中高等学校、特殊教育諸学校、教育センターなどにインターネット接続環境を導入し、インターネットを利用した教育・学習の実践活動を行ったものである。この蓄積をうけ、1997〜98年度にかけて「新100校プロジェクト」の実践研究が推進された。1998年度からは「教育の情報化推進事業」、1999年度からは「Eスクエア・プロジェクト」などが行われている。 また「こねっとプラン」「メディアキッズ」といった民間事業も展開されている。1998年度補正予算(120億円)では、より実践的なプロジェクト「教育の情報化推進事業、ラーニング・ウェブ・プロジェクト」が行われた。これは、今後の教育現場の環境変化に応じた教育用ソフトウェアや指導者の育成・支援する環境の整備を目的としており、さらに1999年12月に最終報告が出された各省庁の枠をこえたバーチャルエージェンシーでの「教育の情報化プロジェクト」につながるものである。このプロジェクトでは、2005年度には、すべての小中高等学校からインターネットにアクセスでき、すべての教室、すべての授業において教員および生徒がコンピュータを活用できる環境の整備を目標としている。
(通商産業省機械情報産業局情報処理振興課 2000年9-24p.)
ただし、現在の日本においては、この目標および下表のアメリカとの比較からもわかるように、まだ設備や人材育成の基盤を整備することが最重要課題となっており、それらの評価については検討されていないのが現状である。
図表 1-1 コンピュータ設置台数およびインターネットの接続状況の比較(1999年)
アメリカ
日本
コンピュータ1台あたりの生徒数
6人
15人
マルチメディア対応コンピュータ1台あたりの生徒数
13人
22人
<インターネット>
接続している学校
95%
35.6%
接続している教室
63%
データなし
専用線接続している学校
65%
データなし
インターネットに接続しているコンピュータ1台あたりの生徒数
4人
データなし
すべての教室がインターネットに接続する目標
2000年
2005年
(通商産業省機械情報産業局情報処理振興課 2000 年 31p.)
2 ガイドブックの概要
この章では、ガイドブックの目的、構成、内容概要について整理する。
なお、文末にガイドブックに表記されているページ数を示す。2.1 目的
次のように目的が明記されている。
このガイドブックは、調査や評価についての研修を受けていない教員や地域の取り纏め者を対象に、地域や学校に導入された情報技術や情報技術を利用するプログラムの評価について、評価の基本的な原則や考え方を修得させるとともに、実際に評価を行うためのツールの提供を目的としている。 (iiiページ)
2.2 構成
ガイドブックの構成は次のとおりである。
図表 2-1 構成
目次
ページ数
説明項目
(1) Preface
1 ページ
・評価の必要性
・位置づけ
(2) Overview of Handbook
1 ページ
・ガイドブックの目的
・基本的な質問
(3) Rivers Overview
1 ページ
事例 (Rivers学区)
(4) 各評価ステップ
42 ページ
各ステップごとに
・ 検討内容
・ ワークシート記入例 (事例の場合)
・ ワークシート用紙 (白紙)
(5) 付録
76 ページ
・ 参考資料
・ ワークシート
・ 調査表など
合計
121 ページ
2.3 内容概要
この節では、ガイドブックを構成している各項目について概要をまとめる。
(1) Preface <評価の必要性、位置づけ>
次のように現状を説明することにより、評価についての必要性を最初に認識させている。
各州、地域、学校において、情報技術化プランが数多く作成されているとともに、情報技術が生徒の学習や学習達成度にどの程度貢献しているのかということを把握する必要性も高まってきています。 さらに、これらプランに対する州や地域への投資に対しての評価も合わせて求められてきています。 (iiiページ)
また、次のように位置づけを説明している。
このガイドブックは、Department of Educationにおいて実施しているプロジェクトの中の1つであるthe Technology Literacy Challenge Fund (TLCF)の形成的評価に関連して、American Institutes for Research が The Office of Education Research and Improvement, The Office of Educational Technology, The Office of Elementary and Secondary Education と共同して作成したものです。調査や評価の研修を受けていない人を対象にしたツールであり、ワークシートを使って評価の基本的な原則を示し、地域や学校で評価について概要を理解できるようにしています。ただし、完全な評価をするものではありません。また、教育関係者が評価について学びながらプロセスを経験できる手段を提供することを目指しています。 (iiiページ)
(2) Overview of Handbook
<ガイドブックの目的>
次のように具体的な状況を示し、このガイドブックが地域や学校レベルで、今まで評価をしたことのない人を対象に簡単に評価活動ができるように設計されていることを説明している。
あなたの学校では、新しいコンピュータの購入と教授活動に情報技術を活用するための教員研修について承認を得たとします。これにより地域や学校の情報技術化プランの目標に達成することができると考えられています。 皆、新しい情報技術が導入されることで学校の教育や生徒達の学習が改善されていくだろうと期待しています。
けれども、関係する人々は多くの疑問を持っています。資金の提供者は投資に対して見合う結果がでるのか、学校の管理者は教員が教授活動の中で本当に情報技術を使っているのか、また情報技術が生徒の学習や動機づけに役立っているのか、また、保護者は新しい情報技術が標準テストの点を向上させてくれるのか、地域の管理コーディネータは、教員への研修の効果や生徒の情報技術技能の向上に役立っているのかなど。するとこれらの質問に答えなければいけない人がでてくるでしょう。 それはあなたです! どのようにしたらいいのでしょう。新しい機材を購入し、正常に動作するように調整したり、 一方では教員研修の準備をしなくてはいけません。さて、あなたは様々な興味を満足させることができるのでしょうか? そして、役に立つ結果を出すことができるのでしょうか?このガイドブックは、できるだけ簡単に評価ができるように作られています。調査の経験のほとんどない教員や地域の取り纏め者を対象に地域や学校レベルで使用できるように考えられています。 (1ページ)
<基本的な質問>
このガイドブックでは、ステップに従って評価を進めることができるように、次の基本的な質問を提供している。
@ 「なぜ評価をするのか?」
A 「どこから始めるのか?」
B 「何を質問すればいいのか?」
C 「必要な情報とは何か?」
D 「情報を収集する一番良い方法は何か?」
E 「結論は何か?」
F 「結果についてどのように話し合い、報告するのか?」
G 「これからどうしたらいいのか?」
(1ページ)
(3) Rivers Overview <評価を進めていくための事例>
次のような事例が最初に与えられ、これを使用して各評価ステップの説明に従って評価を進めることで具体例を示している。
Rivers学区(1高校、2中学校、4小学校:中退生徒数増加、標準テストの点が州平均以下)に次のような活動のために20万ドルが投資されました。地区の先生Kathyが“情報技術コーディネータ”に任命され、活動全体を把握し、プログラムの評価も行うことになりました。
でも、Kathyには調査の経験もなく、評価などどのようにしたらいいのかわかりません。
・小学校の図書館にインターネットに接続されたメディアセンターを設置する
(授業中だけではなく放課後も使用可)・地域のすべての教員に次の2段階の夏季研修を実施する(2週間)
−基本的なコンピュータやアプリケーションの操作法
−情報技術を活用した授業の設計法
(2ページ)
(4) 各評価ステップ
前述の基本的な質問=評価ステップにそって構成されている。各ステップには1枚のワークシートが準備され、このワークシートに用意された項目に順次答えていくことによって評価を進めることができるようになっている。
それぞれのステップでは、検討または実施する点についての詳しい説明、Rivers学区の場合のワークシート記述例、記述用のワークシートが挿入されている。
なお、評価の定義、目的、プロセスについては、最初のステップ「なぜ評価をするのか」の後に「ところで評価とは?」という章を挿入し、明確に説明を加えている。
図表 2-2 評価ステップとそのステップで検討または実施する点
NO
評価ステップ
検討または実施する点
1
「なぜ評価をするのか?」
次を明確にする。
・評価の目的
・プログラム内の担当者が期待していること
・担当として自分が期待していること
・2または3つの主要な理由または目的
・この理由または目的によって評価設計への
影響
2
「どこから始めるのか?」
・早く始めること
・参考資料を集める。
・関連する人々と話し合う。
(プログラム概要、標準化状況、評価できる人や使用データを収拾できる人はいるか)
・その他の評価結果を参考にする。
(関連する人達から入手できたか
インターネットで収集できるか)3
「何を質問すればいいのか?」
次を明確にする。
・プログラムの目標
・優先順位(自分、他)
・その他の制限事項
・成果
・目標に対する情報を得るための質問事項
4
「必要な情報とは何か?」
・要求や質問に対する証拠を集める。
・情報は定量的・定性的両面から集める。
・質問から証拠を得る。
・最終成果および中間目標を確認する。
・各目標を具体的に示す指標を決める。
・指標の達成度合いを判断する基準を決める。
・基準の尺度を決める。
・「目標、指標、基準、尺度」を一覧にする。
5
「情報を収集する一番良い方法は
何か?」・基礎となるデータを集める。
・収集方法のテストをする。
・複数の情報源を使う。
(サンプリング、グループ間の比較)・情報源を明確にする。
・他の結果と比較する。
・制限があるかどうかを早めにチェックする。
・分析のための設計をする。
・調査する。
−インタビューを行う。
−あるグループに焦点をあてる。
−観察する。
−学校の記録を利用する。
−その他の資料も探す。
・途中で状況を報告する。
・まとめる。
6
「結論は何か?」
・調査項目をレビューする。
・情報を組織化する。
・分析する。
・結論を出す。
7
「結論についてどのように
話し合い、報告するのか?」・実施すべき項目を書き出す。
・報告の対象者を明確にする。
(背景、目的、時間、興味など)・いろいろな報告手段を利用する。
8
「これからどうしたらいいのか?」
(情報をどのように使うのか?)
・自分、その他の人々の希望するものは何かを明確にする。
・行動をおこす。
・時間がかかる場合もあるので注意する。
・調査結果について継続して確認する。
(3-46ページ)
(5) 付録
「付録」には次のものが含まれている。
・参考資料一覧
・ワークシート一式
・初等中等教育向けコンピュータ機器設置状況調査用紙(4種)
・The Technology Literacy Challenge Fund(TLCF) 評価用紙
− 機器やソフトウェアの導入状況
− 授業での利用状況
− 研修の受講状況・結果 など
・教員向け情報技術のニーズ査定調査用紙
− 情報技術に関する現在の知識や技能
− 管理部門の環境
− 生徒の学習環境
− 管理部門の業務への活用度合い
・教員の情報技術技能に関する自己評価表
− 基礎編
− 応用編
− インターネットの利用編
3 ガイドブックの特徴について
この章では、ガイドブックの特徴として、公開方法および採用されている評価方法の特徴について検討する。
・公開方法
・評価プロセス
・説明内容
・位置づけ
・ガイドブックの構成
3.1 公開方法
ガイドブックは、インターネットを通じてテキストファイル、PDFファイルで公開されている。また、著作権についても、ガイドブック、付録の調査票や評価票も含めて問題なく使用できるようになっている。
3.2 評価プロセス
「ところで評価とは?」の章で説明されている、以下のような「定義」、「目的」、「プロセス」から、ここで採用している評価方法は、対象のプログラムが目指す目標、具体的な成果を明確に定義すること、評価するために基準を定めること、それらに照らして定性的または定量的に評価すること、関係者に報告すること、その結果をふまえて次のステップに進むことという、一般的なプロジェクトの評価法を適用している。
<定義>
「評価とは、あるプログラムの概念化、設計、実施、効用などを査定するために行う、社会研究の手続きを系統だてて応用したものである」(Rossi and Freemann 1993) をはじめとして、いろいろな定義や説明、手順がある。 (6ページ)
<目的>
目的には、現状の投資を継続するか中止するかを決定するためだけではなく、他にも理由があるが、重要な点は、プログラムを継続的に改善していくために行うことである。
・プログラムの担当組織にプログラムが適切に動いているか、問題がないかなどの情報を
提供するため・ 大きな問題になる前に潜在的な問題を早い時期に見つけるため
・ より深いまたは詳細な評価を進めるため
・ 必要とされている技術的な支援についての情報を提供するため
・ 参加者にどのような影響を与えているかを判断するため
評価結果を使って、プログラムの状況や目指しているところよりよく理解することができ、さらに改
善して長期にわたって運営することができる。 また、評価の設計にも影響を与える。
評価にはいろいろな方法があるとともに、1つの評価で多くの目的に利用することができる。たとえば生徒のコンピュータ利用に関する評価は、生徒の好むプログラムの種類の分析にも使用できるし、コンピュータリテラシーコースに必要なカリキュラム設計のための情報にもなり得る。
(3ページ)
<プロセス>
ここでは、次の手順を採用している。
ステップ1 : プログラムの概要を入手する
ステップ2 : 評価する目的を決定する
ステップ3 : 知りたい内容と質問項目を作成する
ステップ4 : 回答によって得る情報を書き出す
ステップ5 : 評価を設計する
ステップ6 : 情報やデータを収集する
ステップ7 : 情報を分析する
ステップ8 : 結論をまとめる
ステップ9 : 結果について報告し話し合う
ステップ10 : 結果に基づきプログラムを変更する (6ページ)
なお、評価の種類として、「形成的評価(プログラムの初期段階で行われ、プランの実行状況について確認する。 一般的に成果物よりもプロセスについて確認する)」と「総括的評価(プログラムの成果や影響を査定する。成果に対するそれぞれの要因の関係を見極めるため形成的評価同様プログラムの初期段階の情報を収集することもあるが、完全にプログラムが終了した段階で評価する)」についての説明や具体例もあわせて説明している。
3.3 説明内容
一般的な評価の定義、プロセスなどを説明した後、各ステップに合わせて簡単かつ具体的に方法を説明している。
設定した目標が達成できたかどうかを判断するための指標、基準、尺度を明確に識別すること、またそれらを成果や目標に対して一覧することを説明し、情報の収集方法については、概要に加えて各方法を判断するための各利点や欠点を列挙している。成果の評価にあたっては、目標や尺度に照らして判断するだけではなく、結論までのプロセスを重視することを説明している。結果の報告については、求められていることや対象者を明確にすること、それぞれに適した報告方法を選択することを説明し、さらに次の行動に向けての検討も促している。
この中で、特に評価の指標、基準、尺度の考え方は重要であることから、概要をまとめる。
<評価の指標、基準、尺度>
目標を考える場合、「中間的な目標」と「最終的な成果」を区別して設定し、それぞれの関係を明確にする。また、それぞれを評価するために「指標(Indicators)」「基準(benchmarks)」「尺度(Measures)」を明確にする。最終的な評価にあたっては、あるプログラムの成果が尺度に照らして達成しているかどうかを定量的、定性的に検討する。
図表 3-1 指標、基準、尺度
指標
(Indicators)特定の目標の進捗を把握するための項目
・収集できる情報を考慮すること
・適切な対象者を意識すること
・少ないこと
・実行可能なこと
・時期に依存しないこと
・信頼性があること
・過去のものと比較できること
基準
(Benchmarks)ある特定の対象項目
・プログラムが得ようとしていること(増加率、最終的な学習目標など)
・プログラムで使用できる資源であること
・開始時点のデータまたはベースラインであること
尺度
(Measures)情報を反映する項目、調査で調べるべき証拠など
・パーセンテージや割合など
・指針に比べてより具体的で特定したもの
図表 3-2 一覧の例
中間目標
指標
基準
尺度
専門技術を
修得する情報技術を授業に活用するための研修を受講する教員数
学年末までに教員の50%が情報技術に関する研修を受講する
研修を申込・受講した教員の数や割合
教員は授業に情報技術を活用する方法を修得する
受講後に、授業で情報技術を活用する案を最低3つ出す
研修で作成した授業案
研修後の教員アンケート結果
技術を使用する環境を整える
コンピュータ1台あたりの教員や生徒の数が確実に減少する
来年までに全学校において1台あたり教員4人、生徒6人になる
1台あたりの教員数、生徒数
成果
指標
基準
尺度
読み書き
生徒が質の高いレポートやプレゼンテーションができる
(教員評価)
2年のうちに、生徒のレポートとプレゼンテーションの点が前年度比10%向上する
生徒のレポートやプレゼンテーションの結果
(数値評価)生徒の読み取りテストの点が向上する
2年のうちに、標準テストの読み取り分野の点が10%高くなる
標準テストの結果
コンピュータリテラシー
生徒および教員のコンピュータリテラシーが向上する
1年後に生徒および教員の少なくとも75%がコンピュータリテラシーの最低でも中級レベルに達する
・生徒および教員の自己チェック結果
・生徒および教員のコンピュータ上での作業を行うためのスキルテスト結果
(22ページ)
3.4 位置づけ
ガイドブックを評価方法の学習教材としてではなく、ツールとして位置づけ、完全でなくとも評価を行い、結果を導き出すことを第一に考えている。このように、実施を通じて評価の考え方やプロセスを修得させようとしている点が特徴的である。
3.5 ガイドブックの構成
ガイドブックの構成上の特徴は、次のとおりである。
・目的、対象者、構成、評価の定義やプロセスを最初に明確に示していること
・評価のステップを質問形式にしていること
・ステップごとに章だてしていること
・事例を使用して具体例を示していること
・評価のステップごとにワークシートを準備していること
・ワークシートは1枚で完結する記述式であること
・ワークシートには質問項目をあらかじめ記載していること
・ステップの説明の中に白紙のワークシートを挿入していること
・ワークシートや評価票など現場ですぐに使用できるものを、付録として全体の半分以上の分量をあてて準備していること
・ガイドブックだけではなく、ワークシート、調査票などについての著作権の問題も解決し、その旨明記していること
4 ガイドブックの効果と留意点について
この章では、ガイドブックを活用することにより予想される効果と留意点について、目的に対する合致性、ワークシートの活用の点からまとめる。
4.1 目的に対する合致性
このガイドブックは、次を目的として作成されている。
・評価の専門家がいない学校の現場で、必要に応じて評価ができるツールであること
・この作業を通じて、評価のできる人材を育成すること
ガイドブックがこの目的と合致した内容になっているかどうかを確認する。
評価の専門家がいない学校の現場で、必要に応じて評価ができるツールであること
ツールであるためには、誰でも使用できる状況で準備されていること(環境整備)、変更せずにすぐに使えること(具体性)、多くの場合に適用できること(汎用性)が必要である。
・環境整備
− インターネット上にテキストベースとPDFでファイルを準備していること、著作権について
も使用できることを明示して公開している。− ワークシート、調査票、評価票などの用紙を、ガイドブック全体の半分以上を割いて
最後に添付し、それらをコピーするだけで使用できるように準備している。・具体性
− ワークシートには記述すべき項目をあらかじめ記載しており、検討項目が明確である。
− 身近な事例を設定し、各プロセスごとにその事例にあてはめた検討結果を示すことで、
担当者がそれぞれの場合を検討する際の参考にできる。・汎用性
一般的な評価プロセスにそったプロセスである。
以上より、このガイドブックはツールとしての目的は果たしているのではないか。
この活動を通じて、評価のできる人材を育成すること
一般的に、ある課題を遂行するためには、ある種類・範囲・レベルの知識、技能、行動に関する学習および修得が必要である。
ここで対象となっている「評価」は、教育目標の分類の認知的領域において「知識」「理解」「応用」「分析」「総合」の上位に位置する (梶田叡一、1992年、128p.) 高次の活動であることから、さまざまな種類の、また広範囲の知識、技能、行動が求められ、一般的にそれらを修得し実際に遂行できるレベルに達することは難しい分野といえる。一方、このガイドブックを適用する場が学校であるということから、対象者は、授業を企画・実施し、生徒の学習状況や評価を日々行うことを業務としている教員および関係者となっている。 これらのことから、「評価」という活動については「明確な目標をたてそれに対する達成度合いを確認し、現状を改善し次策を検討する」という基本的な考え方やプロセスを含め、必要な前提条件はある程度満たしていると考えられる。そのため、「あるプログラムを評価する」ことができる人材を育成するという観点では、次の2点が重要となろう。
・ プログラムが適用される現場の使命・目標、組織構造、状況、問題点などを把握していること
・ プログラムの評価に関する知識、技能を修得し、適切に行動することができること
前者については、背景として理解していることを前提に、導入部分において、一般的に現在の学校の置かれている状況を説明し具体的な問いかけをすることで問題意識を高め、後者については、詳細説明に加え、次のように理解を促す配慮がなされている。
・最初に次の方法をとることで評価を行う担当者の不安を除き、動機付けをしていること
- 目的、対象者、構成を明確にする。
- 学校現場の置かれている一般的な現状を説明する。
- 「初めてであっても誰でもできる」というメッセージを最初に示す。
・評価全体のプロセスを示してから、詳細の説明を行う。
・事例を利用して、具体例を提示する。
各評価ステップについても、例を交えて説明し、次に事例への適用を示し、ステップごとに白紙のワークシートを挿入することで、1ステップごとの学習だけにとどまらず、実際に応用させることを促している。
以上により、標準的な教員および関係者であれば、このガイドブックを利用して実際に評価の経験を繰り返し積むことによって、従来行っている生徒の学習成果だけではなく、プログラムの評価についても基本的には行うことができるようになるといえる。
4.2 ワークシートの活用
評価の各ステップの検討に際して定型ワークシートを活用し記述させていること、それらをステップおよび結果の成果物、管理ドキュメントとして利用することができることも次の点から有効である。
<定型ワークシート>
・評価のステップを質問形式にしその質問に答えることにより、評価の手順にそった検討項目が明確になり、焦点をしぼることができること
・各評価ステップごとに1枚で完結する記述式であることにより、物理的な制約を与えることで、
重要なことだけを文書化できること・自分で文を記述する行為により、曖昧な事柄を客観的に見直すことができること
<成果物としての定型管理ドキュメント>
・ステップごとの管理ドキュメントとすることにより、担当者以外の関係者との情報の共有や理解を得ることができ、次のステップへの協力または承認を得ることができること
・ステップごとに客観的に見直すことができること
・複数のプログラムを比較検討することができること
・経過や結果を別のプログラムへ応用しやすいこと
4.3 予想される効果と留意点
前節で検討したように目的に合致したガイドブックになっていることから、プログラム評価についてあまりなじみのない学校現場においても、担当者が導入された情報技術の利用状況を評価し、次への継続や改善について検討することができるようになると考えられる。
また、最終的な結果や成果を評価できるだけではなく、目標により“あるべき姿”が明確になることからプログラム開始時や途中においても確認ができ、形成的評価の観点からも有効である。
さらに、この活動を繰り返すことで、評価活動を行える人材を育成することができるとともに、蓄積されたワークシートにより、単独のプロジェクトの評価だけではなく、複数のプロジェクトの比較評価も行うことができ、より良い改善を図ることが可能である。
ただし、ツールは形骸化していくことが多いことから、あらかじめ、評価プロセス、ワークシート、運用体制や方法など、全体を見直すプロセスを組み込んだ仕組み作りが望まれる。
加えて、ここで扱っている評価は主に定性的評価であり、定量的評価については%など割合の比較に止まっている。一般的な調査分析の場合でも基本データの把握や比較によって多くのことがわかることから確かに有効だが、実際にデータを適切に分析し、少しでも説得力のある報告とするためには、多変量解析などは不要とはいえ、たとえば数量データとカテゴリデータの違い、各データ属性に応じた集団特性や傾向の把握、質問間の関係や関連の強さの把握などの数学的な観方法、また分析結果の適切なまとめ方、効果的な報告またはプレゼンテーション手法などについての学習は別途必要となるだろう。
5 日本での適用を目指して
アメリカでは、2000年12月、新たな情報技術教育プラン「e-Learning : Putting a World-Class Education at the Fingertips of All Children」が出され、今まではインフラの整備に焦点をあてていたが、これからはリテラシーレベルの全体的な向上や情報技術を利用した新しい教育法の研究にも力を入れるという新しい目標が掲げられた。 (森田、2001年)
日本においては、現状はまだインフラの整備が完了していないとはいえ、『平成13年度文部科学省政策評価実施計画の策定について』(2001.6.4)が発表され、その中に「評価手法の調査研究」が含まれている(文部科学省、2001年)ことから、学校における情報技術の導入に関しても今までの投資の結果を評価していく方向性が示されていると考える。さらに、本来の教育に情報技術をどのように活かしていけるのかといった検討が必要となるのことは当然の流れだろう。その際にはインフラ整備から次のステップに至っているアメリカの実績を良い点および課題も含めて評価し、日本に適した研究実践を進めていくことが重要となる。
本論で検討したガイドブックの評価指針、方法、項目など基幹となる部分は、アメリカ特有の教育環境や文化、特殊な情報技術に依存するものではないことから、日本における学校への情報技術導入の評価においても利用可能である。同様に、評価のための研修を教員など関係者に特別に行うことは難しいことから、提供されたツールを使用して誰でもが情報技術導入の成果を基本的に評価できること、また最終的な評価のためだけではなく、活動を進めながらその観点について見直すことができること(形成的評価)、評価活動を通じて評価自体の学習ができることといった点も、国を問わずに有効に機能するものと思う。また、ここでは扱うことはできなかったが、付録に添付されている教員の情報技術に関する技能の自己評価票は、研修結果の評価だけではなく、現場で教員に求められている知識や技能の種類やレベルの検討、さらに研修の企画設計段階などにも活用することができる点も有意義である。
しかし、日本においてこのようなツールを有効に活用していくためには次の検討課題がある。
・ 活動を評価するというコンセンサスを得ること
「教授活動を評価する」ということは本来の教育のプロセスでは重要視されていることではあるが、一般的に、学校における評価とは「生徒の学習評価」を思い描いてしまう傾向にある。一方、情報技術導入の評価は、プログラムを導入した組織と評価する担当者が必ずしも同じ組織ではないにしろ、自らの活動を評価することである。そのため、この評価活動を円滑に行い、結果を次の改善につなげるためには、企業で行われているプロジェクトの評価の実例や考え方を紹介するなどの方法により、評価は特別なことではなく、どんな活動にも必要なプロセスであるというコンセンサスを得ることがまず土壌として必要ではないか。
・ 評価活動を実施運営する体制を整備すること
情報技術の教育への取り組みを見ても、研究会の発表と身近の公立小学校の活動との差を感じていることから、あくまで私見であるが、まだ現場の状況には文部科学省の目指しているところとかなりの差があるように思われる。そのため、このようなツールを準備したとしても、どのように現場に展開していくのかといった実際の体制の検討も重要となる。
「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議最終報告」では、学校における情報技術の利用について、学校内の体制と外部からの支援体制なども含めて提言されており、この中で、教育情報化コーディネータ(ITCE: Information Technology Coordinator for Education −社団法人 日本教育工学振興会により検定試験制度が今年度より実施(中村、2001年))や学校の中のメディアスペシャリストといった新しい職種の設置が示されている。(情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議、1998年) これらの業務内容には「評価」という活動は明確に定義されてはいないが、評価に対するコンセンサス、関係者の意識向上、継続性の観点から、正規の業務として組み込まれ、学校内外の連携で実施される体制を整備していくことが望ましいと考える。
・事例やワークシートの記載事項の検討
事例やワークシートといった具体性の高いものについては、日本の学校の置かれている状況や教員の役割や意識も考慮し、典型的なケースにあてはめることが必須である。
ドラッカーは、次のように、非営利組織における「成果」と「人」の重要性を指摘している。
いかなる機関にとっても最終的な評価は成果である。
非営利機関と企業との違いは、成果の領域の違いである。企業は自分の金を失う、非営利機関は誰か他の人の金を失う。
仕事は実行が伴ってはじめて成し遂げられる。人によって成し遂げられる。期限をもっている人によって、しかるべき訓練を受けた人によって、人からモニターされ、評価される人によって、そして結果に責任を負う人によって成し遂げられる。
(ドラッカー、1991年、131-175p.)
学校における情報技術の導入の評価についても、この考え方をコンセンサスとして、学校内外の連携のもと、評価活動を適切に位置づけ、投資された結果を目標に対する成果として客観的に評価し、その結果を公開し、必要に応じた改善をしていくことが重要である。このようなプロセスを確立することによって、情報技術の利用は、長期的な視野にたった教育活動に貢献していくことができると考える。
引用および参考文献
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制度いよいよ実施要項が発表される」.
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