同期型オンライン授業の実践とその評価:

2000年後期授業での試み

関口 礼子

1 同期型オンライン授業方法の概要

1.1 本研究の背景

 授業のなかに、IT技術を導入する試みは、目に見えて進んでいる。ホームページでみると、外国の大学でもそれは急激に増え、そのことはそれらの進歩している国の他国に対する文化的支配をも招きかねない情況である。日本の法律も改正になり、従来、直接的対面授業を行わなければならなかったのを、2001年度よりネットによる授業をもって対面授業の代わりにすることができるようになった。

 日本でも大学における遠隔教育の試みは、郵便による通信教育を抜きにしても、いくつも実験が試みられおり、それらを調べてまとめた報告も出されてきた。たとえば、伊藤(秀), 波多野(2001)は12高等教育機関、伊藤(さ)(1998)は11大学の事例を集め報告している。これらで報告されている事例は、大きく2分され、ホームページや掲示板を利用して、教授内容や討議を配布し自学する非同期型のものか、同期型のものでは、SCS利用の大規模な設備と要員を必要とし、かつ、受講者がどこかの特定の会場に集合しなければならない集合型学習のものである。

 筆者は、従来から、授業において、情報技術を使用してきた。しかし、それは、課題をe-mailやftpによる提出、提出された課題のホームページへの掲載、教材の一部をホームページから学生自らがプリントアウト、授業概要のホームページ掲載、学生との連絡、卒業研究のメールによる指導程度であった。それらは、学生が授業で習った情報技術を実践の場で活用し、試し、それなりに情報技術を日常的に使用するのを促がすことに貢献してきたと自負している。しかし、これらは講義やゼミ形式の授業の補助手段的利用であった。

 2000年度後期、新たな試みとして、大学院の授業そのものをオンラインで行うという実験を試みた。すなわち、同期型、非集合型という点で、他の大学での試みと異なるものである。また、大勢の教員の協力や、多額の費用をかけた設備がなければできないタイプのものではない、教員が1人で、学内にある設備を用いて行えるタイプのものの試みである。もし、これが成功すれば、どの教員でも利用できる種類のものである。

 本稿は、その実験で交信された授業のログ436通を主たるデータとして分析を行うことにより、この方法の功罪を見ようとするものである。

1.2 授業方法の概要と受講者に求めた技術・環境

 実験を行った授業は、図書館情報大学の「国際教育文化情報論」という大学院の授業である。つくばにメインキャンパスをもつ図書館情報大学は、2000年度から約70キロ離れた東京にサテライト教室を設け、筆者もサテライト教室でこの授業を行うことになった。しかし、受講者がサテライトのみならずつくばにもいるであろうことを考えて、それらの学生が東京に来ずに、つくばででも東京ででも授業に出席できるようにということで、オンラインでの授業を試みた。採られた方法は、特定の時間帯、すなわち授業時間帯に受講者全員に端末の前に坐ってコンピュータにアクセスすることを強制的に求めるという同期型の方法である。

 すなわち、授業は、教師主導の講義形式の「一方通行」でなく、あるいは、オンライン授業でしばしば強調されている教師と受講者の間の「双方向性」でもなく、教師による一定の方向づけのもとに受講者が授業の題目の範囲内で各自テーマを選択して、調べ、発表を行いまとめてゆく、実質的にはゼミ形式、ディスカッション形式の「相互方向性」を目指して行われた。

 オンライン上で用いられた手段は、もっぱらe-mailである。開発や可能性を探ることが目的であれば、考えられる高度な新しい方法を用いうる。しかし、教育を行う実際の現場では、受講者が現実にどのような情報環境や情報技術をもっているかということが、考慮すべき重要な要素となる。しかも、それは受講者の最低の線に揃えなければならない。受講者には、e-mailが使用できることを最低の条件として求めた。最後に授業をもとに論文をまとめ、冊子体にすることにしたが、受講生の状況を尋ねたら、MS Wordはすべての受講生が使用できる環境にあることがわかったので、それを使用した。したがって、受講生に結果的に要求された技術と環境は、e-mailとMS Wordが使用できること、である。

 基本的な授業の進行方法は、通常のゼミで行う発表・発言の代わりに、発表内容を受講者全員にメールで送信してもらい、続いて、それを読んで、お互いにコメントや質問をする、という方法である。

2 授業経過

2.1 日にちごとの交信状況

 はじめに、授業経過の概略について示しておこう。授業は、10月6日から1月26日までの毎週金曜日、午後7時20分から8時50分まで行われた。

 通常の授業のほかに、次の通り例外が入った。したがって、これらの日の交信状況は少し変則の状況の筈である。

10月20日 カナダCarleton UniversityのInformation Technology Services, Computing and Communications Services部門のSenior Advisor, Misa Gratton氏の来学を得て、話を聞く。この日、東京経済大学 助手 中島淳氏の参加を得た。
12月1日 アメリカの遠隔教育の日本向け配信のサポートを行う会社ISAのWeb担当課長酒井浩二氏の来学を得て、アメリカの高校の日本に向け配信の状況と方法に関するの話をきいた。

 授業全体の日ごとの交信情況を図によって示すと、図表2-1の通りである。授業時間中、授業時間外を問わず、授業に関する交信回数をカウントしてある。授業は1月26日で終わったが、その後、ログは3月1日まで取られている。なお、その後も残務整理等で3月にもかなり交信が行われたが、この集計ではそれらはとられていない。

図表 2-1 交信状況の概観(N=436)

 定期的に高くとび出ているのは、金曜日である。すなわち、授業のある日の交信である。当然のことながら、授業のある日の交信は頻度が高い。しかし、金曜日以外の日にも、交信されていることがわかる。すなわち、授業時間をメインにはするけれど、授業のみでなく、随時、教師・受講者は思い付いたときや、準備のできたときに発信しているらしいことがわかる。

2.2 曜日ごとの発信状況

 次いで、交信の状況を分析してみたいが、曜日ごとの発信の状況を見る。金曜日は、授業の日であり、当然、交信回数が多くなるので、授業時間内の交信を除外して作成してみたのが図表2-2である。授業の内の発信数は301、授業外の発信数は135である。

図表2-2 曜日別交信回数 (授業時間外のみ) (N=135)

 曜日によって、交信のパターンがあることが見て取れる。授業前日の木曜日から交信が多くなる。授業が近づくとプレッシャーを感じて発信するらしい。授業外の交信のみを集計しているにもかかわらず、授業日の金曜日がもっとも多い。授業が終わった翌日の土曜日も多い。金曜日の授業は夜9時までであった。多分その日は、帰って仕事をしたとしても、発信は翌日になってしまうであろう。土曜日は、前日に言い残したこと、授業でヒントを得たことなどを整理して発信されているのであろう。月曜日は、日曜日に仕事をして、月曜日に発信する、というパターンであろうか。

 次に、受講者と教師とを分けて算出してみよう。「受講者」としたものの中には、臨時にゲストとして聴講にきた受講者の発信回数も混じっている。

図表2-3 曜日別交信回数 (教師)    図表2-4 曜日別交信回数 (受講者)
(N=44) (N=86)

 こうして、受講者と教師とを分けてみると、木曜日の発信の多さは、実は教師の発信であったことがわかった。教師は、授業を毎週行うことによって、プレッシャーを感じて前日から授業の準備を始めていたことになる。この教師の場合、木曜日に他の授業が入っておらず、したがって時間が割きやすかったという面もある。同期型という方法は、教師にとっても、常に心をこの授業のために置いておく起爆剤にもなっていたということができる。

 受講者の発信は金曜日に多い。授業の直前に発信している。ということは、やはり、授業が定期的にあることによって、そのペースで学習をすすめていたということになる。他の日も、曜日に特に関係なく勉強していることが分かる。もっとも、火曜日に若干発信が少ない。授業が終わって印象を得たことを忘れないうちにとりあえず行うという授業の余波の片付けを行い、日曜日に少し仕事を行って月曜日に発信すると、火曜日は少し息の抜ける時間であったのであろう。水曜日ごろから、また、授業のことが気になりだす、ということかと推測される。

 そう解釈してみると、週1回一定の時間帯に端末の前に坐ってネットで会うという同期型授業方法、すなわち、いつでも好きなときにアクセスして学習してください、という非同期型の通常の遠隔教育の方法とは異なる方法をとったということは、教師・受講者ともにプレッシャーを与え、1週間にメリハリをつけ、常に仕事から離れないという効果を上げていたということができるであろう。

2.3 時刻ごとの交信回数

 受講者や教師が、どの時間帯に発信しているかを見てみよう。授業内の交信状況も含まれているが、19時台のみは、授業外の時間帯と授業開始後の時間帯とを分けてある。

図表2-5 時間別発信回数

 すべての人が端末の前に坐っている授業時間帯に多く発信されているのは、当然である。その他は、昼の時間が多いが、夕方の5時以降、6時台の発信、10時台の発信が多い。夜中の1時、2時、3時台という時間帯にも発信されていることがわかる。その時間帯に発信されたということは、発信される前の数時間この仕事に携わっていた、ということでもある。受講生の勉学の時間が垣間見られる。

2.4 授業経過に関するまとめ: 活発な発信と曜日ごとのメリハリ

 授業の間は、相当の交信数があるが、それ以外の時間帯にもかなりの交信がなされていることがわかった。交信数は、授業前、冬季休業中、授業終了後も含めると22週の記録であるが、それらの期間を通じて1週平均約20通である。また、同期型を用い、週1回ネットで合うという方法は、教師にとっても受講者にとっても仕事に向かうプレッシャーになって、1週間の仕事のあり方にメリハリをつけ、仕事を恒常的に推進するのに役立っていたということがいえるようである。だからこそ、授業以外の日にも、そして、夜遅い時間帯まで、交信がおこなわれていた、すなわち、学習がかなりの程度に行われていたといえよう。

3 交信内容の質

 交信の回数が多いことは見てきたとおりであるが、どのような内容の交信が行われていたかということは、授業にとって最も本質的なことである。次に、交信内容の分析を試みてみよう。交信の質は、2つの面から分析された。すなわち、1)交信内容と2)添付ファイルの数である。

3.1 交信内容の分析

 方法は、交信されたログを、1直接的授業内容、2教師からの指示、3教師や受講者からの連絡、4状況説明、5事務連絡、6テストメール、6ゴミ、に分類した。「論文」と表示してあるのは、授業の本質的な内容で、学術的発表、それについての意見交換など、授業内容そのものに関する交信である。「指示」は、「来週までに〇〇をしておいて下さい」といったような、教師から受講者に対する指示である。「教師からの連絡」は、文字通り、「教授会が続いているので、今、つくばを出発しますが、もし万が一時間に間に合わなくても待っていてください」とか、「次回のゼミはちょうどカナダからのお客さんがくるのでその話しを聞くことにします」「端末の前に坐ったら連絡を入れてください」といったような連絡であり、「受講者からの連絡」も「本日は欠席させてください。どうも、風邪をぶり返したらしく、体調がよくありません。」「今日は〇〇があるので欠席します。端末の前にも坐ることができないと思います」といったようなものである。「状況説明」としているのは、受講者のおかれた周囲の状況などに関する交信である。「事務連絡」というのは、事務官とe-mailでやり取りをした、あるいはそれに関して受講者とのやり取りである。「テスト」は、コンピュータのセットアップに関連して行ったテストである。ここに掲げてもののほか、大学のコンピュータから、大学の他のコンピュータへ向けて発信したものなどがあるが、それらはカウントされていない。「ゴミ」は、授業に関係のない交信が混じるかと思ったので設けておいた分類であるが、結局は、クローズドなかたちで行ったためであろう、ゴミと思える交信はほとんどなかった。

 この分類に基づいて、どのような内容の交信が行われたのかを示したのが、図表3-1である。1つの交信で、複数の内容を含むものは、複数回数計上してある。また、ゲストの講師の発信したのは「教師」のなかに分類されている。「受講者」と分類されているもののなかには、常連の受講者のほかに、ゲストとして出席した受講者の分も混じっている。交信は436数であるが、1つのメールで2つ以上の内容を含んでいるものもあるので、延べ総数は476になっている。

図表3-1 交信内容


論文 指示 連絡 状況説明 事務連絡 テスト ゴミ・空白 総計

教師発 100 48 28 9 6 8 0 199
受講者発 152 0 73 48 1 0 2 277

合 計 252 48 101 57 7 8 2 476

57.8% 11.0% 23.2% 13.1% 1.6% 1.8% 0.5% 109.0%

 436交信中252と、6割弱は、授業の内容に直接関係のある交信である。「指示」も、教師から「来週までに〇〇をしておいてください」というような指示なので、相当程度に授業の内容に直接関するものである。これらを合わせると、7割弱は、授業の内容に直結したものである。

 欠席の連絡やら、なにやらの「連絡も」23%と結構な比率をしめている。ネットで必ずしも顔がみえないので結構それが多くなるということもあろう。また、「状況説明」と分類されたものも、13%含まれている。顔を合わせれば、「顔色が悪いね、疲れているんじゃないの?」といった会話が自然と交わされるのであるが、それに代わった交信がなされているといってよいであろう。特に、遠くにいる受講者がいるので、サテライトとの間でそのような対話がなされた。これは、硬くなりがちな授業の雰囲気に緩衝材の役目をしている。直接的接触の少ないネット上の交信であるので、それがあることによって、お互いに親しみが湧いたりしたようである。

3.2 教師からの発信内容

 教師からの発信は、図表3-2で示すように、「論文」と分類された交信がちょうど半数、「指示」と合わせると、ちょうど4分の3に当たる。「今日の授業には、お客さんがきます」というような、「教師からの連絡」等もかなりある。また、コンピュータを授業向けにセットアップするための、「テスト」メールもかなり流された。事前に調整しておいたのであるが、それでも、やってみるとおかしな点も出てきて、再調整をしなければならなかったこともあるからである。

図表3-2 教師からの発信内容

 ネット授業に人間味を加えるであろう「状況説明」は、比較的少ない。これは、教師にも余裕がなかったということもある。こうした会話は、前もって準備するのではなくて、その場で流される。授業そのものの内容を入力し流すことに精一杯で、クラスを暖かくするためのそうした潤滑油的な対話にまで、精力がまわらなかった、というのが本音である。

3.3 受講者からの交信内容

 受講者の発信内容をグラフに示したのが、図表3-3である。

図表3-3 受講者からの発信内容

  受講者からの発信は、直接「授業」と関連あるもののほか、「連絡」「状況説明」である。やはり、半数を上回るのは、授業関連の発信である。「状況説明」については、教師は、「発言せよ」とも「発言するな」とも、指示していない。自然発生的に、そうしたことを発信した方がよいような雰囲気が出来上がっていた、ということであろう。受講者同士、自然とそうした潤滑油的な交信を行い始めたということである。たとえば、「こちらは、早朝3:30です。雪がじゃかすか降っております。」「雪が降っているなんていいですね!ホワイト・クリスマスかな?うらやましいです。」「んなことおっしゃっても、マイナス30℃の世界ですからねぇ。・・・・・・・」というような会話である。

 この他に、受講者同志の横の連絡があったかもしれないことが容易に推測される。お互いにe-mailのアドレスは知っている。しかし、受講者同志の交信は、教師の目に触れていないので、ここに資料を提出することはできない。

3.4 添付ファイルの有無

 今まで分析してきたe-mailの交信は短いのが多い。内容的に充実した、通常のゼミで行うような受講者の発表に相当するものは、添付ファイルで送られてきている。したがって、添付ファイルの状況を見てみよう。

図表3-4 添付ファイルの数


添付ファイル数

10月
17
11月
12
12月
30
1月
20
2月
1

全 体
80

 今回は、常連受講者数は6人であり、その他の受講者から添付ファイルが発信されたことはない。送信された添付ファイル数は80である。このうち教員が送った添付ファイルは10個であるので、受講者は、1人平均 11.7個の添付ファイルを送っている。

 添付ファイルをゼミの発表にたとえてみるとすると、通常のゼミより、発表回数が多い。通常のゼミでは発表はせいぜい1学期に2回ぐらいしか回って来ないであろう。それだけ受講者は、この授業では忙しかった、しかし、内容的には充実していた、ということがいえるのではないであろうか。

 学期の後半を過ぎたころから、その数は増えてきている。最初は教員主導で、教員の求めに応じて論文計画等を書いたりしたものであったのが、受講者が次第に充実してゆき、後半になって、内容をもった発信が増えてきている。

3.5 交信内容の質に関するまとめ: 高い質

 授業の質をみるために、交信内容とアッタッチメントの添付状況を見てきたが、質は総じてかなり高いといってよいと思う。4分の1程度の「状況説明」などが入ったが、ほとんどゴミメールもなく、授業の内容に終始した。添付ファイルの数だけでも受講者1人平均12個である。前節で発信数を多いことをみてきたが、その内容の質は高かったということができる。がしかし一方、状況説明が1割余りしかないということは、逆に温かみに欠けたかな、とも思われる。

 通常の対面のゼミでは、誰かが発言し、それを聞いていればよいし、発言は言い始めたひとが言い終わるまでは、他のひとはこれも聞いていればよい。この授業ではしかし、ほとんど毎週みながその週の間に学習し、まとめたことを添付ファイルで送る。すると、それぞれの人がそれを読み、同時並行でそれについて常になにか書き、質問をし、意見を言い、発信することを求められる。発信数の平均もおよそ45に及んでいる。したがって、受講者も夜遅くまで学習をし、教師ともどもとても忙しかったと言えよう。しかし、「充実した」という感じをもっていたのではないかと思う。

4 受講者の状況による分析

 個別の受講者の分析をしてみよう。目的は、個別の受講者の学習態度を評価することではない。受講者のおかれた状況がオンラインゼミナールというこの授業方法への参加とどう関連して来るかをみるためである。

4.1 出席状況

 最初に、個々の受講者の出席状況を図表4-1でみてみよう。はじめに、かかわりをもったすべての人物について、出席の状況を整理しておく。

図表4-1 受講者の出席状況

10月 11月 12月 1月
6 13 20 27 10 17 24 1 8 15 12 19 26

受講者1 × × × ×
受講者2 × × ×
受講者3
受講者4 × × ×
受講者5 × × × × ×
受講者6 × × × × × × × ×
受講者7 × × × × × × × × × × × × ×
受講者8 × × × × × × × × × × × × ×
受講者9 × × × × × × × × × × × × ×
臨時参加者 1
臨時参加者 2

 このうち受講者7は、大学からもサテライトからも40キロ離れたところに住む。受講登録をしてあったが、結局は、オンラインでも、サテライト会場にも結局は姿を現さなかった。自宅に自分のパソコンを持っていないから、受講のためには大学に来て端末の前に坐ることになるが、持病があるので、夜大学まで来ることは難しい、という理由であった。最初は、体が許すとき、サテライトで直接出席します、と言っていたが、結局は、受講取りやめにする、という連絡を受け取った。

 受講者8は、外国人である。科目等履修生として手続きが取られていた受講生である。受講者2はその国の出身であり、また、日本人の受講者1もたまたまその言語をよくするので、そのつもりでバックアップの体制を準備していたが、結局のところ、教室はもとより、学務課を通じてこちらからの連絡にも姿を現さなかった。滞在ビザを得るために手続きのみをした、と推測される。

 受講者9はこの領域の特に学校でのIT技術使用に関心をもち、かつサテライト教室のごく近くに勤務する人物であったので、声をかけた。関心は示し、はじめは出席すると言っていたが、職業をもち、かつ他大学の大学院に籍をおいているので、結局、出席する時間が取れないまま、断念することになったようである。ということで、途中までは、交信を流したが、途中から打ち切った。

 なお、この他に、途中で、この方法に関心をもって、2人の社会人が飛び入り参加している。

 ということで、以下では、これらの人物を除いて、恒常的に最後まで出席した6人のみについて述べる。受講者5、受講者6は、出席状況からも見られるとおり、最初、参加の予定がなかったが、途中から参加した受講者である。受講者5は、勤務のため大学まで来られないので受講をする予定がなかったのであるが、このような試みをすることを知って参加してきた。受講者6は、偶然、授業に関する問い合わせをしてきたので、このような試みを行っていることを告げると、もうかなり進んでしまったのであるけれど参加したいと、申し出て来た。

 残りの受講者は、かなりの程度に直接出席しているひとと、ネット出席のひとといる。直接出席のひとも、教室から大学のコンピュータを用いて、発信している。ただし、サテライトにコンピュータは4台しかない。1台は教師が常に使っているので、受講者用は3台しかなかった。

4.2 発信の状況

 常時出席した6人の受講者の発信の状況を整理すると、図表4-2のようになる。

図表4-2 出席状況と発信状況(受講者別)


直接出席   ネット出席   授業内発信   授業外発信   添付ファイル

受講者1 9 20 5 5
受講者2 4 6 25 14 12
受講者3 12 1 23 8 14
受講者4 4 6 36 7 9
受講者5 6 2 17 13 7
受講者6 0 5 34 33 23


35 20 155 80 70

 受講者たちは個別に見ると、6人が25回〜67回の発信をしている。遅れて参加した受講者6は、参加期間は短かったが、他と遜色ないどころか、それ以上に発信している。はじめからの交信のログのうち重要なものを選別して送ってあげた。それを読むことよって、後半を過ぎてからの参加であったが、内容的には最初からの分全部を把握し、猛烈なスピードで短期間に皆に追いつき、最初からの受講者と同等の活躍をした。オンラインですべてログが残っていることは、受講者の心構えに依存するところも大きいであろうが、そのような予期しなかった効果もあるらしい。

4.3 発信場所

 6人の受講者たちが、どこから発信しているかを見てみよう。

図表4-3 メールの発信場所(受講者別)


メールの発信 添付ファイルのある発信

家・職場から   サテライトから   家・職場から   サテライトから

受講者1 5 20 0 5
受講者2 33 6 8 4
受講者3 8 23 5 9
受講者4 34 9 6 3
受講者5 20 10 2 5
受講者6 67 0 23 0

合  計 167 68 44 26

 受講者によって、発信にタイプがあることがわかる。受講者1と受講者3は、メール、添付ファイルともに、「サテライト重視型」である。受講者2と受講者4は、メール、添付ファイルともに、「家・職場重視型」である。受講者6はメール、添付ファイルともに、「家・職場偏重型」である。受講者5は「サテライト・家・職場併用型」となろう。ただ、この受講者について若干の注釈を加えるならば、この受講者は、ポータブルパソコンと携帯電話によるメール接続を持ち歩いているので、サテライトへの出席者が多く、端末が不足しているときは、自前の装置を使用してもらったという事情がある。しかし、添付ファイルになると、サテライト重視になる。多分、添付ファイルは、携帯電話経由では、送信できる容量に制限がでてくるので、サテライトを使用することが増えたのではないかと思われる。

 すなわち、受講者によって、授業に参加状況に、「サテライト重視型」「家・職場重視型」「家・職場偏重型」「サテライト・家・職場併用型」といったように、発信場所にタイプがあることがわかる。これらは、受講者の置かれた環境によって左右されるのであろう。

4.4 発信時刻

 次受講者別に発信時間をみてみよう。授業時間が多くなるのは、当然であるので、授業外の発信のみを対象にする。

図表4-4 時間帯別授業外発信数 (受講者別)

 全体として、午後の時間は、発信が込み合っている。特に、夕方5時以降の発信は、すべての人が行っており、5時から夜中の0時くらいがそのピークになる。「夕方・夜型」である。

 その中で、受講者2は少し特異なパターンを示しており、昼間が発信の時間になっている「昼間型」である。しかし、夜遅く、夜中にも発信している。受講者6は、11時くらいから発信が始まる。

 人によって、置かれた状況が異なり、自分の生活の都合で、自分に相応しい時間帯に発信しているらしいことを感じさせる。

4.5 受講受講者のプロフィール

 受講者によって、授業への参加状況に、発信場所・発信時間によるタイプがあることがわかったが、多分これは、受講者の置かれた環境と密接な関係があると思われるので、受講者のプロフィールを示しておこう。概略は次の通りである。なお、距離はサテライトの所在地を基準にしてある。

図表4-5 受講者のプロフィール

受講者1    社会人、職場、住居ともに30km離れた地点
受講者2    外国人、専業学生、サテライトから70km離れた大学所在地に居住
受講者3    社会人、職場、住居ともに都内、比較的近く
受講者4    社会人、職場、住居ともに、600q離れた地域
受講者5    社会人、第5回目より参加、住居は都内、職場は都内のあちらこちら
受講者6    外国在住、外国機関で実習中、第9回目より参加

 この一覧と、授業への参加状況・発信状況とをつき合わせてみると、参加状況・発信状況と受講生のもつ背景とは、密接な関係があることがわかる。遠くに住む者は、ネット参加しかできない。「家・職場偏重型」は外国居住者である。国内居住者でも比較的遠くに居住するひとは、慣れて様子がわかるにしたがって、「家・職場重視型」になってゆく。時々サテライトに出てきて参加している。比較的近くに住む人は、極力サテライトに出てきており、「サテライト重視型」」である。受講者の意識の内には、できれば教室に直接出てくるものであるという意識があるのが感じられる。また、直接出てくれば、それでそれなりのメリットはあるということであろう。

 発信時刻も、置かれた状況と密接な関係をもつ。発信が午後5時以降に集中していたのは、やはり社会人が多かったということに起因していよう。「昼間型」の受講者は、専業学生であった。また、社会人でも、昼間発信していたのは、非常勤をかけもちしている受講者であった。フルタイムの職業人は、「夕方・夜型」である。公式の勤務時間が終わってから職場のコンピュータを借りて発信する、あるいは、家に帰って食事をすませて家から発信するというパターンである。午後8時台がちょうどその切り替えの時間であるらしく、8時台の発信が、途切れていることに気づく。外国在住者も時差を考えると、同じようなパターンになる。

 こうしてみると、この授業方法は、受講生がそれぞれのおかれた環境に応じて、学習することをうながしている、また、通常では出席できないようなタイプの人々に受講の機会をあたえているということがはっきり証明された。

4.6 受講者の状況による分析のまとめ: 非伝統的タイプの受講者の参加

 この授業への参加者は、意図して集めたものではないが、少数にも関わらず、いろいろなタイプのひとを得ていたということができる。

 外国在住者でも基本的には参加できるということが実証された。国内にいても、600キロメートル離れた遠いところからも、参加できた。これらのひとは、「家・職場偏重型」となるか「家・職場重視型」にならざるをえない。また、授業そのものも、勤務が終わった時間帯に設定していたので、勤務のあるひとも参加できた。各人、自分の家庭での学習は、あいた時間帯に行っていた。

 オンラインを用いることにより、教室のみでは対応できないようなタイプの人びとが参加でき、かつ単位取得に至ることができたといえよう。

 今回は、事前に、オンラインで受講できることをアナウンスしていなかったので、つくばの本校からの参加が少なくなってしまった。専業学生の参加がすくなく、「相互方向性」を重視する方法を採りながら、社会的経験をもつ社会人と専業学生がともに参加することのメリット、経験の異なる人々が接触し相互に切磋琢磨し合う面に限度が加えられることになったのは、少々残念である。

5 この方法の授業に対する評価

5.1 教師による評価

教師の授業後の感想

 方法は、最初、すこし慣れて、受講者等も落ち着いたらメーリングリストに切り替えようかと思ったが、途中で、受講者に聞いたら、この方法に慣れたし、そのままでよい、ということだったので、メーリングリストは使わずに、結局最後まで、e-mailのreply all 機能かコンピュータに設定したグループリストによるE-mailのみを使った。教室で用いることのできるコンピュータは4台であったが、メールは、教室のコンピュータと受講者の自宅のコンピュータの両方に送信するように、グループリストを作成した。したがって、教室で発信されたメールはすべて、家に帰ればそこでも同じものが読める状況になっていた。それが、自宅でしごとを続けるのに役立っていたと思われる。

 参加者が結局のところ、6人に落ち着いた。ちょうどよい数であったと言えよう。発信回数をみても、だれも皆、かなり活発な発信状況であったのは、人数が少なかったためであろう。

 受講者はすべて、e-mail経験者であった。コンピュータの知識の程度は、人によってまちまちであったが、他の人が用いていた技術をみて、それはどうすればよいのかなど、情報も交換された。教師自身も、メールは通常ネットスケープを用いていたので、教室でアウトルックを用いることになってはじめはずいぶんまごついたが、終わりには慣れてきた。しかし、相互にコンピュータに関する技術も教えあって情報技術という面でも向上し合えたということができる。

 ディスカッションは、短い。入力に時間を取られるため、直接的な発言ほど、充実した内容にはならなかったかとも思われる。しかし、直接的な発言は、その場では充実した感じがしても、すぐ消えてしまうのにたいし、ログが手元に残るので、読み返してみることができ、効果は大きいかもしれないと思われる。

 教室に出てきた者は、顔を合わせながら、直接対話をしないで、皆端末を眺めて、忙しく入力をしている。途中で話し出しながら、「ああ、これは話さないで、打たなければいけないのですね」などと言いながら、端末に向かう。奇妙な感じに打たれたこともあった。全員が出席しているときは、対話に切り替えたが、後半は外国からの参加者も加わったので、端末が主になった。

 教師からの発信も、授業の内容関係が約半数を上回る回数であった。「状況説明」に関するログがもっとあってもよかったように思われる。受講者の状況についての気配りがもっとあったほうが、雰囲気が和やかになったかもしれないと反省している。しかし、正直のところ、授業のなかでメールを書いて発信するのに忙しくて、なかなかそこまでの気配りができなかった、というのが本音でもある。それらを受講生相互に補ってくれた。

5.2 教師の時間的コスト

 授業の準備の負担が大きいというのは、オンラインの方法を採るときによく聞かされることである。研究的に行うのであるならばできるが、日常的に通常の授業として行うのは、時間的コストがあまり高いと無理になる。この方法によるコストの問題も調べてみよう。

 ここでいうコストとは、金銭的なコストでなく、教師の時間的なコストに限定する。教師は、やはりかなりの頻度で発信しており、「相互方向性」を意図しながらも、やはり教師主導であることがわかった。授業の内容の他に、ずいぶんと他の用件で発信していることも明らかになった。時間的計測は、次のような基準で記録がとられた。

 次のような時間は除外された。すなわち、授業担当者が授業の内容自体を自ら学習したり、調べたりする時間、授業そのものの時間、個別の論文添削の時間、授業をどう運営しようか、次の時間はどう運ぼうか、そのためには何の準備をしておかなければならないか、など等を考えている時間、受講者各人にどのようなアドバイスを与えるか、考えている時間、受講者から個別に入ってくるメールを読む時間、この記録をつける時間、この論文を書くために、データを整理したり、書いたりしている時間、授業のあと来客や受講者といっしょにどこかに立ち寄って授業の続きをしている時間、授業に来る客の手配等のために用いた時間、最後の『情報社会試論』を印刷、製本するための時間などである。

 したがって、ここに計上している時間は主として次のような事柄に用いた時間である。

授業で送信するものをコンピュータに入力している時間
受講者から送られてきたメールに返信するために改めて読みかえす時間
コンピュータの操作、セットアップ、テストの時間、受講者のメールアドレス等の入力の時間
個別に受講者に事務等の連絡を取った時間
教室の下見、設備の点検、設備操作の下見

概略を示すと、次のようになる。

9/28(金) 1時間 下見に行く、会場の場所、様子、会場にある設備、コンピュータ、コンピュータの操作勝手の点検
10/12(金) 20分 授業準備 メールアドレスの入力
10/12(金) 2時間 受講者への配信資料を点検、読む
10/13(土) 2時間45分 昨日の授業で、メールを送信するとエラーメッセージが出ることがわかったので、その修正。コンピュータの設定が適当でなかったことがわかって、修正できた。前日、授業内に言えなかった受講者の論文の提案についてのコメントを入力発信
10/18(水) 2時間 授業用配信資料作成
10/18(水) 30分 受講者等との連絡メール作成
10/19(木) 30分 受講者5、受講するとのことなので、学務に連絡して本人に連絡
10/21(日) 3時間30分 前日の授業のまとめ、来客へのお礼、受講者3のプレゼンテーションへのコメント入力
10月26(木) 2時間 授業準備
11/27(火) 4時間 受講者6が新しく加わったため、ログの中から今までのポイントになるところを選択して、送信
12/1(金) 1時間50分 授業準備
12/2(土) 1時間 受講者6にテーマ修正アドバイスのメール
12/3(日) 1時間30分 「論文作成手順」作成、その他
1/11(木) 5時間 清書用templateの作り直し
1/21(日) 3時間 受講者6のプレゼンテーション添削
1/28(日) 3時間 まとめのメール作成
2/28(水) 3時間 論文清書や印刷に向けての注意等のメール作成

 上記の分を合計してみると、42時間25分である。この他に、授業の度に30分ないし1時間ほどは開始前に教室について、もろもろの準備をおこなっている。この13時間を加えると、55時間25分になる。授業時間そのものを抜いた時間であるので、授業そのものの時間22時間30分を加えると、77時間55分となる。こうしてみると、授業1時間に対し、2倍以上の準備時間がかかっていることがわかる。

 ちなみに教員の公式の勤務時間は15週で、600時間であるから、1コマの授業のために約8分の1の時間を費やしたことになる。すなわち、もし仮に、大学教員の仕事が、研究もなく、管理的業務もない状況であり、授業の内容的準備をすることなく授業ができ、授業担当コマ数が週8コマ以内である、と仮定するならば、1つの授業に対し、これだけの労力をかけることができる、ということになる。

 現実的には、そのような状況ではありえない。準備にかける時間を減らすよりしかたがない。

 どこで時間を減らせるかと考えると、1つには、コンピュータのセットアップにかなりの時間がかかっているので、慣れてくれば、その時間を減らすことができるかもしれない。しかし、時間が許せば、逆にもっと高度なテクニクを利用したいと思うようになってしまい時間は減らないことも考えられる。もう1つの可能性は、途中から参加した受講者のためのケアにかなりの時間を用いているので、それを切り捨てることである。しかし、それだけの手間をかけたから遅く参加した受講者が追いつくことができたのかもしれないと考えると、それを減らすのもせっかくのメリットを殺すことになる。

 ちなみに、教師が授業外に発信したメール数は44通であるが、そのうち、19通は「全員」に宛てており、25通が1人1人の受講者や事務官等に宛てたものである。

5.3 受講者による評価

ログから

今朝も早起きしましたが、正直言って眠いです…。(受講者6、2000/12/08)
やはり午前3時起きはつらいものがあります。(^_^;) (受講者6、2000/12/10)
…ルームメイトが寝ているので、そっと抜け出して、ロビーでパソコンを打っています。(受講者6、2000/12/15)

 これらはすべて、外国に住む受講者6からのログである。海外からの受講は、同期型にとって、地域によっては、このようなマイナスを含む。日本の17時20分から19時50分という時間帯は、受講者6にとっては、早朝3時20分から5時50分という時間に相当することになった。「先週は途中から眠ってしまいました」というようなこともあったようである。

私のパソコンから送信すると、うまく開けないようです。大学は閉まっていますし、・・・・・・ (受講者6、2000/12/24)
先週のゼミでは、「受講者5さんの表がすごい」ということですが、私のところでは見られませんでした。受講者2 さん、受講者4 さん、受講者3 さんの原稿は読めました。どのようにしたら、受講者5 さんの「すごい表」がみられるのでしょうか?  (受講者6、2000/11/26)…

 これも受講者6からである。海外からの送信だと、このような技術的な問題もあるようである。受講者6は、自分のパソコンを日本から持参している。通常の通信は日本語でも問題ないようであるが、こちらから送ったファイルで、内容によっては開けないのがあるようである。海外からの送信では、電話回線経由の自宅から、日本語のメールは送れるが、添付ファイルはこちらで開けなかった。フロッピーで大学のコンピュータに運び、大学からの送信を行っていた。大学のコンピュータは、日本語ファイルは送れるが、今度はメール本文で日本語が送信できなかった。

 受講者6は、このような苦労にも関わらず、「オンライン忘年会もいいですねぇ、なんて。」というように、結構楽しんではいたようである。


授業後の感想

 特に、授業後に感想を書くことを求めなかったので、会話の中からのものを拾ってみよう。最初は書いてください、とは言っていたのであるが、終わってから、授業成果の提出物を印刷し、製本するという作業が入ったので、改めて感想や評価を書いてもらうという余裕がなくなってしまった。したがって、会話のなかから漏れた言葉を拾ってみたものである。

 「楽しかったァ」というのが、終わったとき、一同の口から出た言葉であった。

 遠くからの参加者からは、「発表原稿を送っておくと、メールで質問が来るので、答えなければならない、緊張した。」「勤務もあるし、単位が取りにくいところ、毎回来なくても単位の取れる授業があってよかった。このような授業がもっとあると助かる。」この受講者は、「時々来ないとやはり状況が分からないから」と、時々は遠路出てきて、直接出席していた。

 外国からの参加者にたいしては、何回ものメールのやり取りで親近感が沸いていたのであろう、直接会うことがなかっただけに関心は高く、まもなく帰国すると聞いて、「どのような人だろう」、「会えるのが楽しみ」と期待していた。

5.4 成果からの評価

作品

 これらの受講者たちの、授業の成果は、『情報社会試論Vol.6』として、まとめられた。授業以外の論文1つが含まれてはいるが、116ページにわたる論文集である。製本が手作りであるので、素朴な感じのするものであるが、内容的には論文集として、遜色ないものであろう。

 なお、1人の受講者は、その論文が基になって、他のその内容の専門領域の学術誌に寄稿することを依頼された。

受講者のその後の行動

 このうち、臨時に参加した1名は、翌年、本学の大学院を受験し、入学した。この方式による授業は次の年度にも繰り返されているが、その受講者は他の大学でこの授業科目と類似の単位を取得し、それをもってこの授業科目の単位を認定されたので、単位の上からは受講が必要ないはずであるが、翌年も授業に参加した。

 前年、外国から参加した1人は、帰国したが、この人物も、引き続き、翌年も参加した。

 翌年は受講者の数が増えた。そのなかには、初期からの登録者のほかに、途中から参加したいと申し出てきた者が3名いる。理由を聞くと、授業がはじまって、前年度の受講者から、よかったから出たらよい、と薦められたからであるとのことであった。

6 結び: 同期型は有効であった

 総じて、試みは成功であったということができるであろう。特に、通常は参加できないような遠方に住むひとの参加を得られたことは、遠隔教育ならではの一番大きな成果である。

 週1回一定の時間帯に端末の前に坐ってネットで会うという同期型授業方法は、アクセスの状況から見て、1週間にメリハリをつけ、常に学習から離れないために効果を上げた。すなわち、いつでも好きなときにアクセスして学習してください、という非同期型の通常の遠隔教育の方法とは異なって、週1回はネット上で必ず接触するということがあったために、非同期型の場合にはかかりにくい、プレッシャーを受講者にかけることができた。筆者は、海外在住の間、卒業研究の学生たちをオンラインで指導していたが、学生たちからの交信がだんだん間遠になってしまったことを考えると、今回は脱落者が出ずに、しかも、各人、かなりの高度な成果がまとめられたのは、同期型のタイプを採用したことによると考える。

 しかし、同期型は、時差のあるところからの参加者には、つらい状況も生む。

 交信された内容がすべてログとして残ることは、受講者も教師も、あとで読み返し、復習するのに役立った。特にそれは、遅れて参加した受講者が皆に追いつくのに役立った、という予期しなかったという成果をあげた。

 日本語を用いるという面から、海外からのアクセスということでは、技術的な面での制約があることが浮き彫りにされた。海外への情報発信というとき、制約になる。しかし、受講者6がその方法を見出したように不可能ではない。しかし、手間がかかるということは、よほどの意欲がない限り学習そのもの障害になる。海外からも受講可能なのが遠隔教育であるが、日本語による通信という面では技術的な一層の改善が望まれる。

 教師にとっては、時間的に負担な面もある。受講生が6名だけであったから常時各人に目配りはできたが、この種の授業を行うための負担はやはり少なくない。

 しかし、この方法は教員が1人で行える。必要な装置も、ネットワークにつながったコンピュータのみである。担当教員の負担は小さくないが、他の同期型の方法が、膨大な設備と技術的アシスタント、各受信場所での教授補助者の雇用という多大な社会的コストを要していることを考えると、この方法は将来的に有望な方法であると考える。しかし、この実験は、たまたま受講者6人という関係で行われたので、もう少しの人数はふやせるであろうが、何百人という受講者に対して行う大衆教化的な授業には適さない。多い受講者を予測するときには、ホームページを使用する非同期型に切り替えざるをえないであろう。この方法は、少数のゼミか、大学院に限定されるであろう。

引用文献

伊藤秀子 (研究代表者)、波多野和彦(編集) (2001). 『オンラインコースにおける授業の評価・改善に関する実践的研究』. 千葉: メディア教育開発センター.

伊藤さおり (1998). 「インターネットを利用した大学公開講座の現状と課題」. 『情報社会試論』Vol. 3, つくば: 図書館情報大学教育学社会学研究室 pp. 37-52.




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