オートポイエーシス(autopoiesis)。聞きなれない言葉ですね。オートポイエーシスとは,自分で自分(オート)を作る(ポイエーシス)ことです。1970年代にチリの生物学者であるウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラによって造られた語で,生物の本質的な特徴を表していると言われています。
生物と機械との違いはあるのでしょうか。少し考えてみましょう。たとえば自動車は,人間の手によって2万点以上の部品が作られ組み立てられます。自動車自体が勝手にエンジンやハンドル,アクセル,ブレーキを作り組み立てることはありません。部品も勝手に入れ変わることがありません。人間が精巧な技術を駆使して,運転手の操作どおりに動くように調整します。一方,生物はどうでしょうか。たとえば人間の体内の細胞はおよそ37兆個もあります。そして,それらは他の人によって作られているわけではありません。内部のメカニズムによって自己創出していくのです。個体発生の場面を考えると分かりやすいのですが,実にダイナミックに自己創出していきます。成人になってからも,細胞は次々と入れ換わっています。数年も経つと,体内のすべての細胞が別の細胞に変わっています。しかし,身体内部のメカニズム(再帰的なネットワーク)が動いており同じような細胞が作り続けられるため,数年後に友人にあっても友人だと気づくことができます。オートポイエーシス論は,このような自己創出性の有無が生物と機械との違いであると考えました。
オートポイエーシスの原イメージとして は,マウリッツ・エッシャー作の「描きあう手」(drawing hands)とともに, ウロボロスがよく引き合いに出されます。ウロボロスは,自分の尾を飲み込んでおり円環的に閉じています。オートポイエーシスの再帰的なネットワークと似通っているといえるでしょう。
図 ウロボロス(Engraving by Lucas Jennis(Public Domain))
よく考えると,自己創出性は,生物の細胞や神経系,免疫系だけでなく,心や社会にも観察されます。したがって,オートポイエーシス論は,広い範囲に応用されるようになってきました。基礎情報学のような情報学の基礎理論もその根幹をなすものとして位置づけています。ネオ・サイバネティクス研究会のメンバーも多方面にわたってオートポイエーシス論の知見を活用しています。ぜひメンバーの個人ページをみて研究の動向をチェックしてみてください。