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西垣通西垣通写真

 東京大学 名誉教授
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Profile

私は1948年、戦後まだ貧しかった東京で生まれました。いわゆる団塊世代の一人です。

父親は明治大学で国語を教えながら、詩や俳句を作る文人でした。世田谷区立の小中学校、都立西高校をへて、1968年に東京大学理科Ⅰ類入学、1972年に工学部計数工学科を卒業しました。卒業論文のテーマは、ファジィ代数の応用。曖昧な対象をいかに数学の土俵にのせるかに興味を持ったのです。 同年(株)日立製作所に入社し、コンピュータ・システムの研究に携わりました。当時はメインフレーム全盛期でしたが、その性能や信頼性を向上させる理論に取り組み、1979年度の情報処理学会論文賞を取得しました(論文名:An Experiment on the General Resources Manager in Multiprogrammed Computer Systems)。1980年から米国スタンフォード大学に客員研究員として留学し、1982年に東京大学から工学博士の学位を取得しました(学位論文名:多重プログラミング方式による計算機システムの資源管理最適化に関する研究)。

――さて、ここまでは団塊世代のエンジニアの平凡な足跡にすぎません。転機が訪れたのは 1986年のことです。工場でソフトウェア開発中、過労で病気(椎間板ヘルニアで手術)をしたこともあって、サラリーマン生活に別れをつげ、明治大学助教授としてコンピュータを教えることになりました。幸い明治大学には一流の文学者や哲学者が多く、交流を深めることができました。私は若い頃から科学技術と人間・文化・社会の関係について問題意識を持っていたのですが、文理にまたがる領域で本格的な執筆評論活動を始めたのは、この頃つまり30代終わりからのことです。1991年には、『デジタル・ナルシス:情報科学パイオニアたちの欲望』(岩波書店)でサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受けました。

1996年に東京大学社会科学研究所の教授となり、2000年に大学院情報学環・学際情報学府が新設されると、そちらに移りました。その後は志を同じくするメンバーと一緒に、情報学やメディア論の基礎的な研究をしています。 どうすれば真に魅力的な情報社会を建設することができるのか――これは奥の深いテーマです。理論的・抽象的なアプローチだけでなく、より具体的でリアルな人間の姿に迫りたくなって、小説も書き始めました。2013年3月に東京大学を定年で退任し、東京経済大学コミュニケーション学部に移りましたが、2019年3月にこれも定年退任しました。
もともと脱領域型・文理融合型の少々オカシナ人間なので、教員退職後は組織を離れ、国内外の各地を見て回るつもりでしたが、コロナ禍ですべて駄目になってしまったのです。以来、東京の陋屋で虚空を眺めつつ暮らしています。月日はどんどん流れ、今や後期高齢者の老人そのもの。「世界って本当は何色なのかな」と自問する毎日であります。というのは、地球温暖化による気候激変だの、ウクライナやガザの戦火だの、暗いニュースばかりで・・・。ネオ・サイバネティクス/基礎情報学が世界を明るくする灯になればよいのですが。
(2024年9月)